笑顔の絶えないブラックな職場です

ボクは今日からこの職場で働く。
前のブラックな仕事を辞め、休止期間を置いて、ボクは次の仕事を厳正に吟味した。この会社は
魔物娘が経営している。
魔物娘。それは異世界からやってきた存在。何でも、神話伝説、民間伝承に歌われるような、現代の日本では漫画やアニメ、ゲームと言った方がいいかも知れないけれど、そうしたものに登場するモンスター達が美女の姿になった存在だと言う。
彼女達にとっても最も大事な事は……その、なんだ。異性とのスキンシップ……はっきり言おう。せ、性……、ま、まぐわい、あー。逆に酷くなった気がする……おセックスだ。
よく言えば、家族との時間を大事にする。うん、初めっからこう言っておけば良かった。
付き合っている異性が居なければ、その相手を見つけるためにも、就業時間は守り、幸せな家族計画を遂行するために、彼女達が経営する企業は、ホワイトである。

そのーーはずだったのに。
ボクはため息を付きつつ道を歩く。周りにはボクのように、肩を落として歩いている人々の群れ。時折、シャキシャキと歩いていく人がいるけれども、それは稀。こんな時間に出社するなんて、ロクな労働体制の企業じゃないに決まっている。もしかすると、彼らもまだマシな方かも知れない。もっと酷ければ、ずっと会社にいるのではないだろうか。そう、思ってしまう。
ボクの頭をしめているのは直前に届いた一通の手紙。
会社から届いた、社訓(?)のようなもの。
そこに書いてあった文言にボクは愕然としたのだ。

課長 命令
私より早くに出社する事。
私より早くに退社しない事。
この命に従わない者は厳罰に処す。

何だ、その漠然としていて、横暴極まりない命令は、どこの亭主関白宣言だろうか。そして罰則まで設けているとは……酷すぎる。魔物娘の企業だから大丈夫だと思っていたのに、結局、以前の企業と同じだ。いや、暗黙のルールではなく明言しているだけまだマシなのかもしれない。
そんな手紙をもらった時点でこの会社を見切ってしまっておいてもよかったと思うのだが、新人研修の時の先輩達のイキイキした顔を思い出し、更には律儀なボクの事、まず、行ってから確かめてみよう、とこうして会社に向かっているわけだ。

ボクが一番乗りだった。早くきすぎたらしい。自分のデスクに着いて時計を見れば、まだ7時。
ボクが配属された部署は、何でもエッチィ道具を売る部署らしい。正直言ってボクはそうしたものは苦手だ。だけど、生きていくためには仕方がない。
ボクがボンヤリと座っていると、ガチャリ、ドアが開いた。時刻は8時。
ボクは急いで立ち上がって振り向く。そこにいたのは、
課長だった。
ボクは呆気に取られてしまう。
だって、まだ、ボク以外の社員は出社していない。だと言うのに、私より先に出社しないと厳罰に処すと言っていたはずの課長が一番早く来てしまった。しかし、驚いていてばかりではいけない。ボクは急いで頭を下げる。

「お、おはようございます! 今日からこの部署に配属されました。多賀いつきと申します。よろしくお願い致します」
ボクは精一杯元気よく挨拶する。しかし、相手から返答はない。顔を上げれば、何だか彼女は面食らったような顔をしていた。
彼女、課長の黒崎美那さんはダークエルフだ。ボクでも見惚れてしまうような美人で、褐色の肌に銀髪。その鋭くとも色っぽい目つきに流し見られたら、どんな男でもイチコロだと思える。彼女は如何にも出来る女、といった体で、カッチリしたスーツに身を包み、その立ち姿もとても様になっている。でも、今にもはち切れそうな胸に、スカートから伸びる褐色の足は、生唾を飲み込みそうになるくらいの色気に溢れている。色気もある閾値を越えれば暴力になるのだと、ボクはこの時初めて知った。
ボクが惚けたように彼女を見ていると、舌打ちが聞こえた。
ボクはビクリと身を竦ませる。まさか、ボクの視線があからさますぎたのだろうか。
彼女はその美貌に皺を寄せると、
「新入社員でも……全く……何を教育して来たのかしら」
ブツブツ言いながら、自分の席に向かった。
そして途中で思い出したように振り向くと、
「おはよう」
と、不機嫌な様子を隠しもせずに言った。

頭ごなしに叱られる事は無かったものの、ボクは正直生きた心地がしなかった。ボクの何が彼女を怒らせる事になったのか、全く見当はつかないのだけど、彼女を怒らせないためにこそこんな時間に出社したのだけど……それにしても、あんな課長命令があるというのに、どうして先輩達は誰も出社しないのだろう。
ボクは、ボクと課長しかいないこのオフィスの中、身を縮こまらせる。
席に荷物を置いた課長は、おもむろに立ち上がると、あろう事か、掃除用具入れに向かった。
ボク
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6 7]
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33