アルレッキーノ家の掟

私の家系は由緒正しい騎士の家系である。
『魔物とは害悪である』
それが私の家に伝わる家訓とも言えない訓戒。
私もそう教えられ、そうして鍛錬に励み、成人を迎える年まで成長した。
我がアルレッキーノ家には、成人を迎える男子が行わなくてはならない義務が存在する。それは、我が家に伝わる由緒正しい刀剣にて、魔物を打ち果たす事である。その異形の首を持ち帰り、当主の間にトロフィーとして飾り、自身の力を誇示するべし。そう伝えられている。
党首の間には、所狭しと様々な異形の魔物達、”怪物”の頭部の剥製が飾られている。

勇猛なる、第5代当主エリックが打ち果たした巨大な”竜”の頭部。
賢勇なる、第7代当主ジャックが打ち果たしたキマイラの”獅子”の頭部。
変わり種になれば、ゲイザーの巨大な目玉、なども存在する。

私は子供の頃から、彼らの武勇伝を寝物語に聞き、私も彼らに負けないくらいの魔物の首を当主の間に並べようと、この日を心待ちにして居た。それは、自身の地位を確からしいものとする事の他に、女当主の家系と揶揄されるようになってしまった我が家の名誉の回復のためでもある。

「とうとうこの日が来てしまいましたね……」
跪く私の前には、憂鬱な顔をした我が母。
「ご安心めされよ母上。私を今までの男達と一緒になされますな。私こそはきっと、悪しき魔物を打ち果たし、その椅子に座りましょうぞ」
だが、我が母の顔色は晴れない。
「私の兄達もそう言ったまま、帰っては来ませんでした」
彼らが弱かったのだ。そんな事を母上に向かって言えるわけがない。私は唇を固く結んで跪いている。

そう。そうなのだ。第11代当主リチャードを最後の男の当主として、それ以来、魔物の首を持ち帰って当主となった男はいない。それは、先代の魔王が打ち果たされた時と時期を同じくするだろうか。それ以来我が家は女が当主を務め、男は婿入りに限られる事となってしまった。
由緒正しい家系だというのに、なんたる事か。嘆かわしい。
勇名で名を馳せた我が家は今やむしろ商人の名で知られいる……。
第12代当主となるはずだった、ウェルス。彼は魔物を打ち果たしに行ったきり、帰っては来なかった。代わりに家に戻って来たのは、彼がその役目のために特注させたという東洋の宝剣だけである。

宝剣『フゼ・ウォロシ』(東洋の正しい発音では『筆おろし』)

母が諦めたように手を掲げると、それは運ばれて来た。
まるで三日月のように美しい、銀色の光沢を放つ宝剣である。東洋、ジパングの刀という形状の剣を基本とし、我らの流派に合うように太く逞しくこしらえられた代物。
かのウェルスの無念を晴らすため、それ以降の男達はその宝剣を用いて魔物討伐に向かう事にしている。だが、誰も戻らない。そして、剣だけが帰ってくるのである。
それをアルレッキーノ家に刻まれた呪い、宝剣の呪いだという者もいる。
その剣を持った者は、魔物の生贄になり行くのだ、と揶揄するものまでもいる。
この宝剣には他にも曰くがある。
これを鍛えたのは東洋の神と崇められるような存在だったとも、これを運んで来たのは獣の耳を持つ神であったとも……。眉唾物な話としては、魔物討伐から帰らなかったはずの我が家の男子が見目麗しい伴侶とともに暮らしているのを見たものがいる、などとも。

だが、そのような不名誉な噂は私の代で終わりである。
必ずやこの剣を持って魔物を打ち果たし、新たなるトロフィーをこの当主の間に飾ってみせよう。
私は母と父に帰還を近い、屋敷を後にする。
皆が沈痛な顔をしている。戦士の出立なのである。もっと明るく送り出してほしいものだ。私は些かならない不満を抱くが、その顔を歓喜に変え、凱旋の声を高らかに聞かせてやろう。そう、意気込む事にする。
全く……明るく私の門出を祝ってくれたのは、由緒正しく我が家に仕えている、メイドのキッキー・モーラくらいだ。彼女は夫と共に我が家に住み込んでいる女性である。彼女には世話になりっぱなしであった。女性の好みをかなり詳しく聞き続けられて来た事は閉口ものであったが……。
もしかすれば、私が魔物を打ち果たした折りには、私の好みに寸分たがわぬ女性を紹介してくれるのかもしれない。
ふふふ。愛のために。そんな理由も加われば、魔物退治など、簡単に乗り越えられよう。
私は意気揚々と、彼女に教えられた、討伐するのに丁度良い魔物がいるという、荒野へ向かうのであった。



草木の一本も生えぬ、ひび割れた荒野。
黒々とした大地には、骨のような岩が転がっている。
フン、魔物が住んでいそうな土地である。だが、これはどうした事であるのか。私の前に佇んでいるのは、見目麗しい女性ではないか。
私の心臓が激しい拍動のあまりに
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