「ねえ」という彼女の声。
「何だよ」
それはいつか何処かの帰り道。茜色に二つの影法師が浮かぶ。それは小さくて、とても昔の事だったと思う。彼女は誰だっただろうか? 俺には思い出せない。
「もしも私が人間じゃなかったら、君はこうして一緒に歩いてくれた?」
「何だよそれ」
唐突な彼女の問い。彼女の白い髪が、夕日に染まって輝いている。それは美しくて、その瞳は真剣そのもので……。俺は一瞬面食らってしまった。
「ねえ、答えてよ」
「あ、ああ……」
俺は間抜けな声を出して、それでもそこで思い出したのはーー好きだったヒーローものの一場面(ワンシーン)。今まで信じてきたヒロインが、実は悪の親玉の娘で、彼女はその正体をヒーローに知られてしまう。でも、逃げ出した彼女を追いかけたヒーローは、
「お前が何だって関係ない。お前がお前なら、俺はその手を放しはしない」
俺はそう言って彼女の手を握っていた。俺は夕闇の影絵の世界で、酔っていたのだろう。
「クサ〜。そこまで言ってくれるとは思っていなかったわ……」
そう言って笑う彼女の頬は赤くて嬉しそうで……、
「でも、約束だからね。私だってキミの手を離しはしない」
そうして、俺たちは指切りを交わしたのだった。
「「ゆ〜びき〜りげ〜んま〜ん嘘ついたら針千本飲〜ます。指切った」」
それはいつかの夕暮れの話。
俺は、彼女とはそれ以来ーー。
どうして俺は今、その映像を見ているのだろう。
俺は今、夢の中だけで生きているような心持ち。
起きているときは誰かと交わって、眠っている時は、夢の中で別の誰かと交わっている。何が夢で、何が現実か分からない生活を、俺は送っていた。
だけど、この風景は、とても穏やかで、暖かくて、忘れそうになる何かのようで……。
ーー場面が変わった。
「オッス、ゆう。あれ、ゆうが消えたぞ」
俺は例のごとく、殺女(あやめ)の胸部鈍器に後頭部を強打された。
「お前のせいだよ。この凶悪牛乳女……」
「違う! あたしはうしおにだ!」
「うしおに? 何言ってるんだよお前……」
俺が訝しげな表情を浮かべると、彼女は
「あ、ははは。何でもない。忘れてくれ」
と、あからさまにごまかしてきた。
しかし、うしおに……、それはどこかで……。
「お、おい。忘れてくれよ」
「……お前の乳圧を受ければ忘れるかもしれないな」
「ま、マジかよ……。じゃ、じゃあしょうがねぇな……」
こっちこそマジか!? そのおっぱいで……。
という俺の期待は文字通り押しつぶされる事になる。
文字通り、その乳圧で。
「私の胸でイっちまいなァ!」
ゴキリ、という、鳴ってはいけない音が、俺の耳元すぐから聞こえた。
それが、彼女に勉強を教える、という名目で呼び出された図書館で行われた、俺の高校時代の惨劇であった。その時、俺の記憶は本当にイっちまったみたいで、次の日のテストは散々だった。
何ぞコレ……とは思うが、この記憶ーー俺は忘れていたものだ。
そうして俺たちは同じ大学へと受かり、同じサークルに所属してペロリという後輩が出来た。
「先輩って、舐めごたえがありそうですよね?」
「はい?」
それが出会ったばかりのペロリストの第一声だった。
彼女はことあるたびに俺を舐めようとしてきて……。
俺が酔って彼女にお持ち帰りされそうになった時なんて……。殺女と彼女のキャットファイトは見ものだった。
ーーこんな風に?
俺の前では彼女たちが裸で絡み合っていた。再び場面が変わった。
「ああ、こんな風に……いや、服はちゃんと着ていたぞ」
冷静に俺は返したが、この状況は何なのだ?
時系列と俺自身が一致しない。幾つも重なった、奇怪な万華鏡(プリズム)を覗き込んでいるよう。やはり、俺は夢を見ているようだ。
ーー百鬼の主には多々あることサア。
そうか、多々あることなのか……。
それなら俺が交わるのも、普通のことなんだよな……。
ーーアハは。そうサねェ。だけど、ちゃんとアタシも抱いて欲しいねェ。生身で、サ。
「どういう事だ……?」
ーーどうもこうもないのサ。あんたは黙って女を抱いていればいい。そうすればーー。
ザザザ、とノイズが走るように、
ボボボ、と燃やされるように、
彼女の声が混濁して消えていく。
「お、おい。待て。待てってば……、お前は……、誰だ?」
気がつけば、俺は誰か分からない、女たちを次々に抱いていた。
それは猫耳の生えた女性だったり、角を生やした赤い女だったり、傘と一体化した女性だったり……。分かっている。彼女たちはたまさん、のんべえさん、蛇の目ちゃんだ。
みんな妖怪と呼ばれるこの国の魔物娘で、俺が率いる予定の百鬼の子たちで……。
俺は彼女たちを抱いていた。
濡れ女子の玲さんも、クノイチのあの子も、落武者のさなえちゃん
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