生物学研究者ヨランダ・スプリングフィールドの手記。
5月7日
今日より、私はあの生物の培養を開始する。
ここに記す内容は記録であり、また何ら学術的根拠に基づいていない、言ってしまえば空論にすら満たないーー私見を含む記載になるであろう事をまずはじめに述べておく。
それは、私が、私たちが発見したこの生物があまりにも未知であり、かつ荒唐無稽な推論を思わせる存在だからである。
私はここに、まず、その生物を存在Xと呼称する。
存在Xは南米奥地にて発見された。それは私も同行したーー現地の生物学的学術調査を目的とする、半ば冒険とも言えるジャングル紀行であった。
その際ーー今だに私にも信じられないのであるが、我々は恐ろしい出来事に遭遇した。ジャングルの道なき道を探索し、我々は幻覚を見ているのでは、とすら思ったのである。そしてそう思いたかった。だが、我々のうちから犠牲者が出ていることは事実であり、信じてもらえなくとも、あれが幻覚などではない事とは我々の全員が認識し、その証拠と言えるものが私の手元にある。
そこは遺跡であった。南米で見られる、太陽神を崇める石造りの神殿。我々はまだ発見されていない神殿を発見したのである。高揚した我々はーー今考えれば迂闊にすぎるがーーその遺跡に踏み込んだ。そして、その中で我々はアレに遭遇した。
何といえばいいのだろうか、名状しがたく、それは桃色をして、軟体のようで、粘体のようで、それでいて個体のように蠢く何者か。
それは見たことのない生物であった。
そしてそれは、私たちの隊員の一人、クリスティーナに向かって襲いかかってきたのである。
その生物は彼女をその体内に取り込んでしまった。
私たちは彼女を救い出そうと奮闘したが、我々の持ち込んだ重火器類、刃物、薬品の類も通じず、奴は彼女を飲み込んだまま、神殿の奥へと逃げ込んでしまったのだ。
我々は後を追った。
しかし、彼女をついに発見することは出来なかった。
調査員から犠牲者を出してしまった我々が、その後、調査を続けることは出来なくなったことは当然の帰結だった。我々の証言を基に新たな調査隊、捜索隊が結成されたのであるが、そのグループはその生物、存在Xどころか、その神殿にすらたどり着けなかったことも理由である。
我々は幻覚を見た末に隊員を失ったーーとして、責任を取らされ学会すらも追われた。
私がこの存在Xのカケラを秘匿し、その研究を始めたのは、そうした学会に対する恨みの感情があったことを否定はできまい。
私たちがこの研究を行うことができるのは、幸運にもある資産家にスポンサーなってもらえたからである。ブリッジガード財団。あの白髪赤目の美しい当主には感謝しても仕切れない。
それは、この研究から得られる成果に期待しているということでもあるだろうが……。
資産家の欲や趣味といったものが、こうも我々に都合よく作用するとは思ってはいなかった。
私はあの時の、クリスティーナ隊員が拐われる際の、最後の顔が忘れられない。
あの薄桃色の粘体に包み込まれた彼女はーーあの生物に愛撫される彼女の肌は上気し、官能の吐息を漏らす彼女はまさしくーー発情していた。我々があの生物を追いかけている際に目にした有様は、それ以上は彼女の名誉のためにここには記載しない。
だが、彼女のあの有様から我々は一つの仮説を立てた。
そして我々が採取したあの生物のカケラに触れた時、それは確信に変わった。
あの生物の粘液には未知の媚薬成分が含まれている。
それは現在までも抽出分離は出来ていない。だが、もしもそれを分離出来た時には、この不感症である私も……。
これは完全なる私ごとであるがーー私、ヨランダは不感症である。
男性と性行為を成した経験はあるが、絶頂を迎えたことはない。自ら慰めた場合でも同じである。絶頂を体験できずとも、研究者として支障があるわけはないのだが、個人的に興味はある。
それも、この研究を進める理由の一つである……。
採取できた存在Xの全体量は少量である。
この生物は、生物であるとわかったのは、
ある走性を見せ、さらにはそれを取り込むことによって微量ながら増殖するからである。
それを発見したのはまさしく偶然の産物である。
存在Xは、ヒトの分泌する性液、より正確にいうのであれば、特に女性のバルトリン腺よりの分泌液に強く反応することが認められた。不感症の私ではなく、歳若い女性であり同隊の男性隊員と噂のあったクリスティーナ、彼女はその遺跡を見つける日の休憩時にも彼とーーこれは、余分なことであるーーともかく、クリスティーナが襲われた事は必然であったのかもしれない。
私は女性の性液を使用し、この生物を培養、そして媚薬成分の抽出を試みる。
◆
「おい、何を読んでるんだ?」
発見した手記を読んでいた私は後ろから
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