「よし、病院へ行け。それともソープに行くか?」
俺の話を聞いた馬鹿野郎は、神妙に黙ったかと思うとそう言った。
「黙れ。俺は真剣だ」
俺はそいつを小突く。だがそいつは意外と真剣な表情をしていた。
「だからこそ、だろ」
その顔に、俺が黙る。
「お前が都市伝説とかオカルトが好きなのは知ってるよ。だけどそんな幻覚を見てしまうのはまた別の話だ。それで事件を起こす前にどうにかした方がいい。お前の好きな言葉を使えば、リビドーを発散させろ、ってことだな」
大学の学食、いつものメンバーで昼飯を食べている。ざわざわと、様々な人間がひしめいている。それはまぎれもない日常で、昨日の女が入り込んでくるような隙間はないように思える。
「だって……ベッド下の美女、スキマ女だろ。都市伝説が美女になってお前に迫ってくるって、何その都合のいい妄想ーーとは思うが、お前が言うからには心配になっちまう。真面目をこじらせるとロクなことがない」
そこでそいつーー名梨半斗(ななしはんと)はヘラっと笑う。
「ちょっと刺されでもすれば本当だって信じるかもな。いや、お前が挿しそうだったのか」 半斗は茶を飲む。「病院がやだって言うなら、その性欲を発散させろ。ソープだ。つーか、赤川、お前ヌいてやれよ」
彼は今度はヘラヘラしながら一緒に飯を食っていた後輩に言う。
さすがにそれは冗談にしてはタチが悪い。女の子に向かって、と言うわけではなく、彼女はノってくるタイプだからだ。しかし。
彼女の様子はおかしかった。
普段もおかしいと言えばおかしいので、むしろ今の方が正常なのだと言うことも出来なくはないが、彼女らしくないと言えば彼女らしくなかった。
「はい、オヤカタさまが主です」
「おーい。ぺろちゃん?」半斗が呼びかける。
「はい、オヤカタさまは神さまです。オヤカタさまのものに手を出そうとなんていたしません。ですが、ちょっとくらいつまみ食いを許していただければ、私は大人しくひれ伏します」
「何これ?」
「俺に聞かれても分からない」
「だよなぁ……」
俺は死んだ目をしている彼女を胡乱げに見る。
彼女の名は赤川ぺろり。
初めて会った時、堂々と名のられて面食らった。そんな名前をつける親の顔はーー頼まれたってお会いしたくはない。彼女の舌が長いのはその名前のせいではないのかと思う。
長いとは言っても、人類と言う生物の個体差範囲の長さだが、サークルの飲み会の席で酒の勢いでふざけた奴がーーと言っても目の前にいる半斗のバカだがーー「ぺろちゃんの舌はどうしてそんなに長いの?」と聞いたら、
「それはゆう先輩を舐めるためだー!」
なんつって会ったその日にのしかかられた。そこで俺はこいつを危険人物認定した。こいつに無害認定するなんてとんでもない。しかし、彼女がそう言うことをするのは俺にだけらしく、他の男には引っ付くことすらしない。だから男として悪い気はないのだがーー俺はこの子に手を出してはいない。
その理由はやはりーー順番が違うから?
それなら、誰からなら良いのだろう。
昨日の、都市伝説女か?
昨夜、彼女はタンスの隙間に消えた。あの時俺はーーどうしてだか、最初はそれを不思議に思わなかった。彼女が影のように揺らいでタンスの隙間に消えて行ったのも、彼女にキスされたことも、その甘く名残惜しい痺れを感じていたのも、不思議なことではなく当然の事だと思っていた。
まるで彼女が這い出してきたのはベッドの下ではなく、まるで彼女が消えて行ったのはタンスの隙間ではなく、ーー俺の心の隙間だったのかと思った。
半斗が先ほど言ったように、彼女は俺の妄想から生まれて妄想に帰って行った。そうとも思える。そうだったのなら、やはり俺は彼が言うように、病院、もしくはその前にソープに行った方が良いのかもしれない。
だが、あれが妄想だったとはどうしても思えない。
あの、女の香り。
あの、キスの味。
あの、舌の感触。
それこそ本当に危ないが……。俺は朝起きた時、やっと我に返った。そう、我に返ったと言うのが正しい表現。なぜなら、俺はいつの間にやらーー彼女がいる事に違和感を感じなくなっていたから。よく分からない不安と、消失感。事実俺はあの時、彼女は俺の隙間にピタリではなくジワリと、そしてーーぬらりと入り込んでいたかのよう。
俺は頭を振る。
しかし、彼女のことを考えると、あの舌の感触が。
ピチャリ、ピチャリ。
「……ん? 何やってんだよお前!」
俺は首筋に張り付いていたぺろりを引き剥がす。
彼女は俺の首筋を舐めていた。
公衆の門前で、うら若き乙女が!
こちらが彼女の平常運転だが、先ほどのままの方がよかったかもしれない。
「あ、ごめん、つい。我慢しなくちゃと思ったら、むしろ我慢できなくなっち
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