右手に森、左手に切り立った崖を流して、幌馬車の御者が必死で鞭を振っていた。
馬の蹄、馬車の轍から砂ぼこりが舞き上がる。ひたいに脂汗を浮かせた御者は、焦っていた。
「オラオラ、その積み荷を置いていけ」
「男もいただきだ」
茂みをける慌ただしい音、獣の息遣いが間近に聞こえてくる。
彼はワーウルフの集団に追われていた。
木々の隙間に見え隠れするのは、見目麗しい女性の頭に狼の耳、尻には狼の尾。彼女たちの瞳がらんらんと輝いている。揺らめく炎のような赤は、彼女たちの舌。
「ひっ、ひぃい〜」
豚のような悲鳴をあげながら、哀れな御者のほおが風に波打つ。
馬も舌を出して必死だが、馬車の積み荷は重く、速度は上がらない。宙をかくような蹄の響きに、車輪の音も白々しい。
荷車を捨て、馬の背に乗って逃げれば、彼自身は逃げ出せるかもしれない。
だが、商人のサガであるのか、彼は荷車を捨てなかった。
「はっはー、楽勝じゃねぇか。今度もたんまり儲けられそうだな。ちなみに、あいつ好みかも」
「リーダー。趣味悪ーい」「あいつはリーダーにあげますよー」「酒あるかな? 酒ー」
すでに馬車を捕まえたつもりで、彼女たちは口々に囃し立て、嬉々とした表情を見せる。
風のように駆ける彼女たちの爪は、ついに馬車を捕らえる。
ーー美しい女人狼の集団。
馬車を取り囲んだ彼女たちは、震える御者に、嗜虐的な笑みで舌なめずりをする。
リーダーらしき大柄のワーウルフの瞳が情欲に濡れている。
御者は祈るように天を仰いだ。
◆
「あー、童貞食いたい」
「…………」
「こうしてボーっとしてんのも暇だな。ちゃちゃっと終わらせて、一緒に食いにいこうぜ。……おーい、無視すんじゃねぇよヴェル公」
野卑な声に、呼ばれた女性がうっとうしそうな表情を浮かべる。
「レザ。わたしが付き合わないという事は分かっているでしょう」
「ぁあん? 股じゃなくて、口に咥えるんだったらかまわねぇだろ。俺だって、股のほうはとってあるんだって。くっく。童貞が顔を真っ赤にさせて耐えてんのを、バキュームで吸いだすのってオツだぜ?」
その光景を想像したのか、ドロリとした瞳で、彼女は舌なめずりをする。
もう一人の女性は、それに取り合わず切れ長の瞳を寄越すことすらしなかった。
「つれねぇなぁ。食べるもん食べねぇと、強くなれねぇぞ。食え! 犯れ! 禁欲の果てにある強さなどたかが知れているッ! ってな?」
「私が目指す強さとは、それは方向が違います」
「ふぅーん、ああ、お前、心に決めたやつがいるんだったっけ」
「誰がそれを……ああ、あの子達ですね。まったく」
切れ長の瞳を閉じ、赤い女性はため息をつく。
二人は崖の上、森に挟まれた道を見張っていた。
それは対照的な女性たちだった。
野卑な口調の方は肌が黒く、暗い熱を持っている。彼女の手足は毛皮に覆われ、その先には凶悪な爪がついている。岩ですら引き裂けるのではと思えるほど、赤黒く、鈍く輝くそれは、見るものに恐怖を抱かせずにはいられない。
彼女の肉体も凶悪なフォルムだ。黒光りする肌は黒曜石のように艶やかで、そのしなやかな筋肉は無駄な肉が限界まで削ぎ落とされ、腹筋は大蛇のように盛り上がっている。だが、女性としての肉づきは豊かで、肉惑が凝縮されたような胸が、彼女が動くたびに弾けるように揺れる。キュッとくびれたウエスト、挑発的に突き出した殿部。ギリギリまで詰められたショートパンツに、鷲掴むつめのような胸当てだけを身につけ、青空の下、彼女はその肢体を惜しげもなく晒していた。
無造作に伸ばされた腰まで届く黒髪は、勇猛なたてがみのよう。不敵に唇を歪める顔にはむき出しの野性。頭の黒犬の耳は、周りの注意を怠らない。
瞳はらんらんと。
白目のある部分は黒く、瞳は赤く、不吉な輝きを帯びている。
彼女はヘルハウンドのレザ。
「来たようですよ」
赤い女性の切れ長の瞳が、狂ったように鞭を振る御者の姿を見つけた。その脇の茂みを、ワーウルフが走っているに違いない。
「やっとか。しっかしツイてねぇなぁ。ヘルハウンドとドラゴンが見張っているところにノコノコやってくるなんてなぁ」
レザがどう猛に笑うと、噛み締められた歯が、ギシリと軋む。
「しかし、自業自得というものでしょう」
「ドラゴンがそんなことを言うのかよ。財宝を奪い取るのはお前らの方がうまいだろ」
喉の奥で笑う彼女に、
「否定はしませんが、一般論だからといって、私にも当てはめるのはやめて下さい」
赤いドラゴンの女性は、切れ長の瞳を向ける。
彼女は燃えるような赤い髪をしていた。
中性的で整った顔立ちに、短く整えられた髪の容姿は美青年といってよい。その切れ長の瞳で流し目を送れば、女性であろうとも忽ち
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