前篇

 「はぁ……」

もう何度目かもわからないため息をつきながら、石畳の上を歩く。
足に伝わる感触は、昼間とは打って変わって冷たく、硬い。
空を赤く染め上げていた夕日も、街を覆う壁の上に、僅かに顔を覗かせるだけになっている。
今何時だろう、と腰に下げている時計を掴もうとして……その手を途中で止める。
壊れた時計を眺めても、何の慰めにもならないから。


そもそも私が街へ繰り出したのは、この時計を直すためだ。
私の家に代々伝わる、田舎の農家にはおよそ似つかわしくない豪奢な金造の時計。
十六歳の誕生日に母から譲り受けたもの。
その時に母から言われたことは、今でもよく覚えている。

 『ミロル、この時計は肌身離さず持っていなさい。きっと素敵なことがあるから』

事実、母はこの時計がきっかけで父と出会い、私を始めとする七人の子を授かっている。聞いた話によると、祖父母夫妻もそうらしい。
そのことと、ワーラビットとしての矜持も手伝い、譲り受けて以来母の言いつけを守り丁寧に扱ってきた。
だが、長い間使われたこともあってか、ある日ぷっつりと動かなくなってしまった。

 ―― 一家に伝わってきたものを、自分の代で終わらせるわけにはいかない。

そう思い、職人を探すため街へとやってきた。

が、その結果はあまり芳しくなかった。
「さすがにここまで古いと扱いきれないなぁ」
「正直私の腕だと、扱いきれないぐらい精密で……」
「こんな骨董品見たことないよ」
……などなど、様々なことを言われたが、結局どの店でも扱っては貰えず、今は途方に暮れている有様だ。
このままでは母やご先祖様に申し訳が立たない、と思いつつも、もうどうしようもないのでは、と諦める自分もいて。
熱がすっかりひいてしまった石畳の感触が、やけに寂しいと感じる。

―― そういえば、何も食べてなかったっけ。

職人探しに駆け回り、食事を疎かにしていたことを今更思い出す。
半日歩き続けた足腰も、もう限界だと訴え始めている。
さすがに切り上げ時だろうか。

―― あと一軒、あと一軒回って、何の成果もなかったら家に帰ろう。

ほとんど意地になっている私の目に、『時計職人ギルド』の看板が飛び込んできた。


カランコロンと気の抜けた音を鳴らし、ドアを開ける。
職人ギルド、なんていうから、巨漢が汗みずくになって時計と格闘している様を思い浮かべたが、何のことはない。
少し機械油の臭いはするが、整頓された工房で穏やかそうな職人たちが仕事をしている、中々に洒落た風情だった。

 「いらっしゃい、今日は何をお求めで?」
 「あ、ええっと、時計の注文じゃなくて……」

白髪がところどころ混じった、初老、という言葉がしっくりくる職人が声をかけてきた。
腰に下げている時計が動いていないのに気が付いたのか、彼はああ、という顔をした。

 「失礼、その時計の修理でしたか。少し拝借してもよろしいですかな?」
 「も、勿論です! よろしくお願いします」

時計を手渡した途端、今までの穏やかな雰囲気は鳴りを潜め、正に職人、という顔つきに変わる。
気付けば周りの職人も彼の周りに集まってきていた。
全員が彼より若いところを見ると、お弟子さんたちだろうか。
と、そうこうしているうちに文字盤が外されていく。

 ―― しょうがないんだけど、なんか悲しいものがあるなぁ。

修理するためには一旦分解しなければならない。そのことはよくわかってはいるが、
今日の今日まで大事に扱ってきた時計が分解されるのを見ていると、悲しくなってくる。

 ―― でも、もっと綺麗にしてもらうんだから、時計もきっと嬉しいよね。

手入れを怠らず、大切に扱ってはいたが、それでも徐々に薄汚れていくのは私ではどうしようもない。
今回の件で、図らずも化粧直しの機会が訪れたのは時計にとっても喜ばしいことである……と思う。
だが、徐々に職人たちの顔が険しくなっていくのを見ると、どうやらそう簡単にはいかないようだ。

 「これは……一体誰が作ったんだ、この精密さは半端じゃない」
 「俺、師匠が手を出しあぐねてるところ初めて見たぞ……」

俺も俺も、と周りの若い職人が言うところ見ると、彼らの師匠はよほど腕の立つ人のようだ。
けれど、そんな人が手を出せないほど、となると。

 ―― 直すの、諦めたほうがいいのかな……。

時計職人の元締めであるギルドの、その中で最も腕が立つであろう人ですら駄目だったのだ。
この街ではもうこれ以上の成果は見込めないだろうし、他の街に行ったところで腕の立つ職人に会えるという保証もない。
それに、路銀も潤沢にあるとは言い難い。
本当にそろそろ切り上げ時なのかもしれない。

 ―― 帰ったら、なんて説明すればいいのかな。『直せなかったよ』なんて言った
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