― 変化の少ない日々を退屈と受け取るか平穏と受け取るかは人それぞれだろう。
刺激を求めるニンゲンであればそれは退屈と映るだろう。人生の殆どを穏やかな森の中で過ごすエルフであればそれは平穏と見るかもしれない。どちらにせよ、それを否定的に見るか、それとも肯定的に見るかは本人の価値観に依るものが大きいのだ。
― そして…私はどちらかと言えば後者の側だ。
長らく変化の少ない森の中で暮らしてきたからだろうか。私は変化の乏しい日々がそんなに嫌いではなかった。毎朝、ニンゲンの為に食事を作り、彼のいない時間は炊事洗濯をする。空いた時間はニンゲンのセーターを編むか、或いは彼から買ってもらった小説を読む。ニンゲンが帰ってきてからは一緒に食事をし、或いは外へ買い物へと出かける。そんな穏やかで暖かな日常を私はとても気に入っていて…幸せであるとさえ思っていたのだ。
― でも、それは決して変化が欲しくないと言う訳ではなくて…。
「ふふ…っ♪」
「随分と上機嫌ですね」
思わず漏れでた笑みに反応したのは私の横に立つ狐顔の男だ。普段、着ている警備隊の制服ではなく、焦茶色のダッフルコートに身を包んでいる。膝上まですっぽりと覆うそのゆったりとしたコートの下には世にも珍しいこの男の私服姿は隠されているはずだ。勿論、私はその中身もしっかりばっちりと知っている。そう思うと少しばかり優越感を感じるのだ。
「そりゃ久方ぶりのデートだからな。機嫌も良くなるのは仕方ない」
「デートのつもりはないんですけど」
そんな上機嫌な私をいじめるように脇に立つニンゲンはそう言った。だが、わざわざ私服まで持ちだして朝から夜まで適当に街をぶらつこうと言ったのは彼の方である。これがデートでなければ一体、何だと言うのだろう。実際、日差しが真上から照りつける昼過ぎになった今の時点でさえ、彼の手には幾つかの商品がぶら下がっていた。
「そう言う割りには随分と色々、買ってくれてるじゃないか」
「貴女に拗ねられると厄介ですからね。たまには飴も買ってご機嫌取りでもしませんと」
― まったく…素直じゃない奴め…♪
勿論、私はそれがただの言い訳である事を知っている。何だかんだ言って私に甘いこの男はここ数日、忙しくて帰りが遅くなっていたのを気に病んでいたのだ。夜遅く過ぎてエッチもろくに――それこそ二回くらいしか!!――出来なかった事を悔やんでいるのだろう。だからこそ、ようやく手に入れた休日を私のために使ってくれようとしているのだ。
― 嬉しい…っ♪
私だって口では「私の為に休日を丸々注ぎ込め」と可愛げのない言葉を言ったり出来る。だけど、それはそれだけコイツと休日を一緒に過ごしたいと思っているということなのだ。それを彼から歩み寄り、言い出してくれたのだから嬉しくないはずがない。赤茶色のレンガで舗装された大通りを二人で歩いている今でさえ小躍りしてその喜びを表現したいくらいなのだから。
「そういうのをデートだって言うんだと思うんだがなぁ♪」
「そんな事言い出したら買い物に出かける日が全部、デートじゃないですか、まったく」
― そんな意地悪な事を言いつつもニンゲンの頬は少しだけ赤くなっていた。
普段、人を嫌というほどいじめてくれている癖にこの男は自分が責められるのは割りと苦手だ。想定外の出来事に弱いニンゲンは最近、私にこうした表情を良く見せてくれる。そして、普段の鬼畜な様子からは想像も出来ないほど可愛らしい姿を私はもっとずっと見たくなってしまうのだ。
「じゃあ、毎日がデートだ。こんな美人と毎日デートだなんて世の連中、皆が羨むぞ♪」
「そんなセリフは鏡を見てから言いなさい。魔物娘の中じゃ凡百の顔をしている癖に」
― その可愛げのない言い回しはある種、褒め言葉だ。
エルフである私には少なからず自分の美貌に自信がある。少なくともニンゲンの女にはよっぽどの事がない限り負けないだろう。だが、それがこの街に多く暮らす魔物娘が相手であると話はまったく別になってしまうのだ。絵画から抜け出たのではないかという美しさを振りまく彼女らに並ぶのはエルフでさえ難しいかもしれない。だが、彼は魔物娘に勝るとも劣らないと遠回しに言ってくれているのだ。そう思えば素直じゃないその言葉も悪くない気がする。
「まぁ、私は貴女の顔が一番、好きですけどね」
「ふぇぇ!?」
だが、唐突に聞こえたその言葉が私の喜悦を吹き飛ばした。なにせ彼が口にしたその言葉は私にとってはダイアモンドよりも希少なものなのである。最近、めっきり言ってくれないその言葉が本当に現実なのかと半ば信じられない私は呆然と彼の方へと視線を向けた。だが、それを出迎えたの
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