その6(ハワード編)

 ― 神様と言うのは基本的に不公平な生き物です。
 
 世の中には生来によって決められるものが山ほどあるのです。それは例えば才能であったり、生家と呼ばれるでしょう。それに運命という言葉が加われば、人の一生は神々の気まぐれによって左右されていると言っても良いのかも知れません。
 
 ― そんな下らないことを思うのは…私が生き残っているからです。
 
 私は別に死んでも構わないと思っていました。実際、教団との間で開かれた戦端でも危険な任務に進んで志願していたのです。しかし、結局、私は死にませんでした。死にたくないと思っていた人々はきっと沢山いただろうに、死にたいと思っていた私がこうして生き残ってしまっているのです。
 
 ― …実際、あの戦いでは少なくない数の人々が死にました。
 
 ラウルと再び決別した次の日、教団の支援を受けた国が一気にこの街の領土を侵犯してきたのです。それに対し、領主は援軍を求めましたが、同盟を結んだ他の場所でも反魔物領からの侵攻を受けていました。どこも自分たちの居場所を護るのに精一杯という状況の中、五万もの大軍がこの街を囲んだのです。
 
 ― 勿論、こちらには数多くの魔物娘が属しているのですが…。
 
 しかし、野戦となれば質ではどうにもならないほどの数の多さから圧倒的に不利になってしまう。そう判断した上層部は散発的に奇襲を掛け、可能な限り時間を引き伸ばす事を選択しました。その奇襲部隊に私も所属し、戦い続けたのです。半ば特攻のような形で戦う奇襲部隊以外にも城壁の修繕とする最中に教団兵に射られて死んだ市民や、投石に押し潰された警備隊員が数多く報告されていました。そんな中、死にたがっていた私が生き残っているのですから皮肉としか言いようがありません。
 
 ― それでも…教団に勝てたのは僥倖と言うべきでしょう。
 
 奇襲部隊が壊滅に近い状態に追いやられ、もう時間を引き伸ばす術が無いほどに追い詰められた時、山の向こうから二匹の竜が現れ、教団兵へと襲いかかったのです。それと呼応するようにたくましい黒馬に乗った黒甲冑の騎士が二人現れ、教団兵を蹴散らして行きました。誰もが呆然とする中、誰よりも早く我に返った領主の命により私たちは野戦を仕掛け、彼らを敗走させるに至ったのです。
 
 ― しかし…それでも失われた命は戻りません。
 
 私達の勝利は薄氷にも近い状態でギリギリ手に入れたものでしかないのです。その証拠に警備隊員だけでなく市民にも多くの被害が出ていました。まだ詳しい数字までは出ていませんが、死者は1000を下らず、負傷者に至ってはその五倍を突破したと聞いています。大規模疎開によって人口の激減したこの街にとって、その数は決して少ないとは言えないものでしょう。
 
 ― そして…失われなかった命もこの街から零れていこうとしています。
 
 結果だけを見れば勝利に終わったとは言え、疎開先ではこの街に戻ってくるのを不安がっている人々もいるそうです。特に顕著なのが商人で、封鎖が解けたにも関わらず、中々、街へと近寄ってはきません。まだ教団の攻勢があるかもしれないと踏んでいるのでしょう。用心深い商人らしいとは言え、そのお陰で物流が滞り、物価がじわじわと上がっていっています。特に医療関係の物資は不足し、普段の何倍もの額で取引されているとも聞きました。そんな中、薬や包帯が足りず、零れ落ちる命もまたあるのです。
 
 ― 勿論、上層部はそれを手を拱いて見ている訳ではありません。
 
 領主を始めとするこの街の首脳陣やこの街に残った豪商と呼ばれる人々がなんとか物流を呼び込み、それを抑えようとしてくれていました。しかし、この街はつい一週間程前にようやく教団兵が撤退したばかりなのです。一度は遠のいた商人の足がまた集まるまでもう少し時間が掛かりますし、まだもう少し物資の高騰は続くでしょう。
 
 ― そんな街に見切りをつけて出ていこうとする者も多く…。
 
 多くの死者を出した戦争は終わりました。しかし、それでも戦後はまだ終わっていないのです。遺族として残された者は悲しみに暮れ、思い出の残るこの街から出ていこうとするものも少なくはありません。また教団の手から故郷を護るため、自分の欲望を抑えて、この街に残っていてくれた人々もそれぞれの場所へと旅立っているのでした。
 
 ― そんな中にウィリアムの姿もあって…。
 
 元々、彼は自分のルーツであるジパングに興味津津であったのです。そんなウィリアムがジパングへと脚を運びたいと思うのは当然の流れでしょう。ジパングからやって来た魔物娘と結ばれてからずっと考えていたというウィリアムを止める方法をついぞ私は見つけられませんでした。警備隊を辞職する彼を引き止める事が出来ないまま、私は彼を見送ったのです。
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