「…で、一体…どういう事なんだ?」
「どういう事なんでしょうかね…」
私の右――ふかふかとしたソファに座るラウルとそう言葉を返しました。それは返答にもなっていないようなものでしょう。私とてこんな状況で不誠実な答えを返すほど馬鹿ではありません。出来るだけ正確に、そして確実に情報を打ち返してあげたいのです。しかし、私にだってない袖は触れません。分からないものは分からないとしか答えられないのです。
― 実際…分からないことだらけですしね…。
ネイティス家での一件の後、勿論、私の公文書偽造の件は明るみになりました。アレだけ派手に大暴れしたのです。証言者も山ほどいる以上、明るみに出ない訳がないでしょう。それは私にとっては予想通りであり、覚悟していた代償であったのです。
― けれど…私が偽造した書類は領主が『直々に与えたものだ』と言って…。
正式な手順を踏まれて発行されたものではないとは言え、この街における最高権力者である領主にそう言われて食い下がれる者はいません。結局、私の行った公文書偽造はあくまでも『限りなくブラックに近いグレー』として処理され、私は同じ立場に就いているままでした。処刑すら覚悟した私にとって減給一つもない穏やかな日々は、肩透かしも同然であったのです。
― それを領主に問いただそうとしても私ごときが領主にそうそう会えるはずもなく…。
そもそも戦争前の緊張が高まる今、領主と直接顔を合わせられるのは極一部の人間だけでしょう。暗殺の可能性もある以上、不用意に誰かを接触させる訳にもいきません。管理職であるとは言え、領主の直接面会できるほど偉くはない私は悶々とした物を抱えながら、日々を過ごすしか無いのでした。
― 勿論、その間も忙しくて…。
ラウルの誘拐事件の後も仕事が途切れることはありません。特に私の使った偽造書が『本物』であるというお墨付きが出てからは遠慮なく仕事が舞い込むようになったのです。その全てを定時の間に捌くのは私にとっても難しいことでした。自然、泊まりこむ事も増えた私はこうしてラウルと会話する時間も殆ど取れないままであったのです。
― そして、そんな彼…いえ、彼女の問いは今の状況に向けられたものなのでしょう。
私たちが居るのは我が家の客間でした。一切、飾り気のないまま放置されているそこにはニコニコと独特の笑顔を浮かべる15、16程度の少年が座っているのです。太陽を背負うようにして座る少年の紺碧の髪はキラキラと輝き、すっと引き締まった顔は気品を感じさせるものでした。身に着けているものもそれなりに高価なもので、少年がかなり良い所の出であるとすぐさま理解できるでしょう。しかし、その正体を知る私にとっては良い所どころではなく…。
「あぁ、あんまり畏まらないで下さい。これはあくまでプライベートですから」
「は…はぁ…」
― …いや、畏まらないで…って言われましても…ねぇ。
こうして対面するのは初めてですが、その顔を見るのは決して初めてではない相手――つまりこの街の最高権力者であるルッド・L・セイラン・スティアートに言われてもそう簡単にはいきません。流石にこれみよがしに下手に出るつもりはありませんが、いきなり尋ねてきた相手の真意が分からないだけに畏まらない訳にもいかないのです。
― …ホント、どうしてこうなったんでしょう…。
昨日も明け方近くに帰ってきて、ラウルの作ってくれた食事をもそもそと口へと運んだ後、すぐにベッドへ飛び込んだのです。その後、血相を変えたラウルが飛び込んできたのがつい先ほど。そのまま顔を洗う暇もなく、応接室へと連れてこられたのでした。最近、続く激務と寝不足で頭はまったく回っていませんし、状況自体も飲み込めません。正直、現実感が伴わず、夢としか思えないのです。
「と、とりあえずどうぞ…」
「あぁ、ありがとうございます」
いきなり尋ねてきた相手がこの街の領主であることを既に知っているのでしょう。ラウルはおずおずと紅茶を出しました。それに目の前の領主はその外見年齢そのままの笑顔を浮かべます。それにラウルがほっとしたのが分かりましたが、私は一向に安心できません。何せ相手は私が物心つく前からこの街の頂点に立ち、海千山千の猛者と渡り合ってきた実力者なのです。表面と内面を使い分ける事くらい容易に出来るでしょう。
「まぁ、あんまり長居をするとお二人の時間を取ってしまいますしね。手短に用件を言いますと…今日は釘を刺しに来たのですよ」
「釘を…?」
― それは心当たりがありすぎる事でした。
公文書偽造の件についてもそうですし、以前から隠蔽していた様々な事件についてもそうです。私なりの価値観と正義
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