その2

 
 
 
 
 「追いだしたらしいな」
 「これまた耳が早い」
 
 久々に顔を出したエイハムの診療所で開口一番にそう言われてしまいました。あの一件から既に三日経ちましたが、まだ世間的に噂話になるのは早いでしょう。この男性がまだ一線を引いて尚、独自の情報網を持っていたのを感じ、私はこれ見よがしに溜め息を吐きました。
 
 「そんなにあのエルフの事が気になりますか?」
 「仮にも医療に携わる者として、全ての患者の事は気にかけている」
 
 刺々しい私の言葉をさらっと受け流しながら、エイハムはそっと白亜のティーカップを傾けました。時刻は昼を少し回ったくらいで、場所はエイハムの経営する診療所の待合室です。ちょっとしたリビングも兼ねるそこでこの男性は自慢のコーヒーに舌鼓を打ちながら、優雅に椅子へと腰を下ろしているのでした。
 
 「その為にわざわざ昔馴染みを頼ってですか?まさか貴方に衆道の気があるとは思いませんでしたよ」
 「困るとすぐに人を挑発して誤魔化そうとするのはお前の悪い癖だ」
 「貴方の分析力には頭が下がりますよ本当に」
 
 嫌味の言葉をどれだけ投げかけても、この男性は飄々とした態度を崩しません。やはり年季というものが違うのでしょうか。魔物娘を受け入れ始めた黎明期からレッドスライムを嫁にし、世間の好奇の視線や噂話の対象になってきたエイハムにとってはこの程度、痛くも痒くもないのでしょう。自分より二十年は先をいっている大先輩のそんな様子に溜め息を一つ吐きながら、私は彼の対面で肘を着きました。
 
 「まぁ、あの容姿なら誰かがすぐに拾うでしょう。魔物娘でもそう言った趣味の相手…いえ、貴方のような趣味の持ち主でも、引く手数多でしょうし」
 
 無駄だと分かっていても、私は彼に嫌味を言うのを止められません。それにエイハムは肩を落とすようにしながらも、表情を変える事はありませんでした。相変わらずの鉄面皮に感心すらしながら、私はそっと明後日の方向へと視線を彷徨わせます。
 
 「おや、嫉妬か?」
 「は?」
 
 そんな私へと投げかけられた予想外の言葉に私は思わず聞き返しました。それも当然でしょう。誰が何に対して、誰に向かって嫉妬しているのか。その全てがエイハムの言葉からは抜け落ちていたのです。この状況では到底、相応しくないその言葉に私の理解が追いついていないのも当然でしょう。
 
 「だってそうだろう?今のお前はまるでお気に入りの玩具を取られたような顔をしている」
 「何を馬鹿なことを」
 
 ― そう。馬鹿な事です。
 
 お気に入りの玩具とはきっとあのエルフの事でしょう。ですが、それを仮住まいから追い出したのは間違いなく私です。もう彼との接点全てが面倒になった私は保護者と言う被保護者と言う関係を打ち切り、彼を住居から追い出したのですから。生活費の供給も打ち切った彼がどうしているのかを私はもう把握していません。そんな私が彼のことをどうこう思っているということほど馬鹿げた話はないでしょう。
 
 「では、どうしてわざわざここに顔を出しに来たんだ?」
 「久しぶりの休日ついでに冷やかしですよ。後、最近、疲れて眠れないので薬でも貰おうかと思っただけです」
 「ほぅ。俺はてっきりここにあの青年を匿っているからだと思っていたが」
 「だから…関係ないって言っているでしょう?自説を信じるのは勝手ですが、それを他人に押し付けるのは程々にしてください」
 
 あまりにしつこい態度に思わず苛立ちの声をあげました。まるで自分の考えをごリ押すようなそれに耐えてやるほど今の私は大人ではありません。ただでさえ、この一ヶ月間、青年が起こした事件を収拾するのに大忙しであったのです。眠る暇さえ殆ど取れなかった日々は私の心から余裕と言うものを奪い取っていったのでした。
 
 「おや、知っている事自体は否定しないんだな」
 「っ!」
 
 エイハムの鋭い指摘に思わず言葉を詰まらせました。確かに…どうしているのか知らないとは言え、場所の把握程度はしています。しかし、それは別に自分から能動的に調べたのではありません。最後の事件を任せたウィルソンが「最後のチャンス」と言って、彼を釈放し、その足取りまでを馬鹿丁寧に教えてくれたのです。私としてはもう彼に興味など持っていないので、話半分程度にしか聞いていませんでしたが、知らなかったといえば嘘になるでしょう。
 
 「そもそもお前はどうしてそこまで苛立っているんだ?」
 「そんなもの…あのエルフ君が起こしてくれた事件のお陰で各所に謝りっぱなしだったからに決まっているでしょう?この一ヶ月間は殆ど寝る暇もなく動き続けていたのです。精神的余裕なんて殆どありませんよ」
 「それだよ」
 
 肩を落として言った私の一言もこの傲慢な男には届
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