その1

 
 ―自分の人生を振り返る機会っていうのは誰しも一度はあるものだろう。
 
 私にとってそれはつい一ヶ月前に起こった両親の死であった。しかし、それは仲が良かった両親が死んだからなどではない。別に強いて言うほど親子仲が冷め切っていた訳ではなかったが、特筆するほど仲が良かった訳ではなかった。両親の死がショックでなかったと言えば、嘘になってしまうが、それそのものは私が人生を見つめ直すきっかけにはなり得なかったのである。
 
 ―端的に言えば私は両親を同類だと思っていたのだ。
 
 私――レイド・ノスタグルは所謂、真面目型人間だ。神学校に在籍していた時代は夜遅くまで図書館へと入り浸り、家に帰ってからも勉学に励む。遊びなんて低俗なものに興じたのは私が本当に小さかった頃だけであろう。青春と言われる時代を勉学に費やした事自体は決して後悔はしていない。お陰で国に取り上げられ、役人として活躍する事が出来ているのだから。
 
 ―だけど、その反動で私は友達、というものは一人もいなかった。
 
 勿論、子ども故に低俗さに目を惹かれる子ども時代ではそのようなものもいたのだろう。しかし、物心つき、勉学へと打ち込むようになった後には私に友達と言える存在は誰一人としていなかった。神学校に入れるのは中層階級以上ではあったが、真剣に勉学に励む私をガリ勉だと馬鹿にする頭のネジが吹っ飛んだ連中しかいなかったのである。
 
 ―そんな連中と私が仲良くなど出来るはずがない。
 
 自分の知識を深められる喜びを見出し、神学校を勉強する場と考える私と遊ぶ事しか考えず、神学校は卒業する場としか考えない有象無象。まったく価値観の異なる二つの立場は人間と魔物にも置き換えられるかもしれない。少なくとも私は自分を揶揄する馬鹿どもを天敵であると考えていたし、決して相いれぬ存在であると思っていたのだ。
 
 ―…少し話が逸れたが、つまり私は友達のいない人間…所謂ぼっちと言う奴なのだ。
 
 自然、私は両親も同じ存在であると考えていた。父は私の生き写しのように真面目さしか取り柄がない役人であったし、母はそんな父と家族を支えることに喜びを見出すタイプの人間だったのだから。きっと父も私と同じようにその真面目さからその職場で疎まれ、母にもまた話し相手は居ても友達と言えるような相手はいないのだろう。特に確認してはいなかったが、私はそう思い込んでいたのだ。
 
 ―けれど、実際は違った。
 
 父と母の葬儀の際、そこには50人を超える人々が集まった。勿論、その中には父の職場の同僚も少なからず含まれている。だが、その大半は私の見知らぬ…父母の友人を名乗る人々だったのだ。しかも、彼らは皆、真剣に両親の死を悲しみ、私を励ましてくれたのである。それに私は感動し、普段は流さない涙を流して皆に感謝した。
 
 ―…その一方で私は自分の生き方に危機感を持った。
 
 まったく似た存在であろうと思っていた両親が思いの外、多くの人々に慕われていた。それは私にとって人生観を見直すにたる衝撃であったのである。勿論、私は自分の生き方に後悔した事はないし、これからもするつもりはない。だが、それは父にも母という理解者がいるという前提の上に立っていた事に私はようやく気づいたのだ。
 
 ―そして、私にはその理解者がいない。
 
 いや、それどころか神学校での経験で刺々しい態度を取る癖がついてしまった私は職場ですら孤立していた。それなりの立場にいるので業務上の会話はするが、それだけである。同僚たちが何処かで羽を伸ばそうと話している時には私は誘われないし、誘われたとしてもずっと断ってきた。そんな事をするよりも自分の知識を深める事の方が国の為であり、自分の為だろうと説教までしていたのである。
 
 ―しかし、そんな自分を省みたとしても…もう遅い。
 
 20代の半ばを超えて数年経った私が今更、職場の同僚と馴れ馴れしく話せる訳がない。もうそんな事が不可能なほどに溝が出来てしまったし、コミュニケーション能力とやらが足りない私に溝を飛び越える能力も度胸もないのだ。今まで自分が伸ばしてきた能力とはまったく対極に位置するものなのだから当然だろう。だが、自分を省みたにも関わらず、それを改善する手段がないというのは私にとっては大きな壁であり、初めての挫折であった。
 
 ―それを乗り越えようと私は数多くの書物を読みふけった。
 
 まず今まで私が主な読書の対象としてきた学術書だ。しかし、冷静に考えれば、誰が友達を作る方法などをテーマに学術書を書くだろうか。魔術の構成理論や正義という概念について深い考察をしている学者は居ても、友達と言う身近なテーマに関して深く掘り下げている学者は少なくともこの国にはいなかったのだ。
 
 ―だから…私は親魔物領よ
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