―政治の究極的な目的とは安全保障である。
ただし、この場合の安全とは一言で言い表せない程、多岐に渡る。一般的に安全と言ったときに連想するような外敵という『危険』に始まり、『餓死』『貧困』『治安』から護るのも含まれているのだ。つまり、政治とは人間を害そうとする様々な概念から構成員を護る事を究極目的としているのである。
―其の中でも特に大事なのは治安の面だろう。
治安の悪化は政治が行き届かないという事態をも引き起こすのだ。どれだけ良い制度を作り上げても、人民に行き渡らねば意味がない。その情報の伝達を効率良くする為にも、この治安と言うのは重要なのだ。だからこそ、時の王はそれぞれの理念に従ってこの治安を維持する制度を作り上げてきたのである。
―…けれど、世の中にはそんな制度であってもどうにもならない事があって……。
「…ねぇ。六花さん。これで何回目でしょうかねぇ…?」
「あはは…どうだったろうねぇ。十回は超えてたと思うんだけど」
意図的に嫌味に漏らした私の言葉を目の前の女性はあっけらかんと笑って受け流す。蚊ほども感じていないその姿にコメカミがひくつくのを感じた。しかし、ここで怒っても仕方が無い。私は治安維持の為にここに派遣されてきたのである。ここで怒鳴っても一向に治安は回復しないし、何より目の前の女性――六花は決して懲りないだろう。そんな事は十五回にも及ぶこの『やり取り』の中で悟っていた。
―落ち着け…落ち着くんだ私よ…!!
大きく深呼吸をして、胸の中に新鮮な空気を取り込む。急造の詰め所の中はまだ切り出してきたばかりの木の匂いで溢れている…いや、いた…と言うべきか。今はそれを上書きするように酒の匂いが充満していた。ここには私と六花しかおらず、私は勤務中は決して酒を嗜まない。となれば…その匂いの発生源は彼女しかいないだろう。
「…今回で十五回目ですよ。貴女が無銭飲食でこうして捕まるのはね」
「あはは…そりゃあ悪かったねぇ」
そのお酒の匂いの元になっているのはここからそう遠くない食堂だ。このこじんまりとした町の中でぽつんと建っているそこは美人な女将と腕の良い板前の夫婦で経営している。それほど大きくないとは言え、そこは常に人が出入りしていて、賑やかに主人や女将と歓談しているのだ。『分相応な幸せ』。思わずそんな言葉が浮かんでくるくらい二人はお客に嬉しそうに接している。私も良く利用するその気の良い店で彼女はこうして十五回目の無銭飲食を働いたのだった。
「でも、十五回目になるって事は記念日になるね!いやぁ、めでたい!これは酒とつまみで盛大に祝わないと…」
「貴女、五回目と十回目の時にも似たような事言ってたでしょう…」
ズキズキと後頭部の辺りに走る痛みを堪えるように私はそっと目頭を押さえた。しかし、それでも一向に頭痛は消えてはくれない。それどころか能天気な彼女の声に胃痛すら感じる始末であった。常備している胃薬を無意識に探そうと胸元に手が伸びそうになるが、六花の前で弱いところを見せるわけにはいかない。何せ彼女は此処に赴任してきてから最も私に『お世話』になっている人間――いや、アカオニなのだから。
―そう。六花は厳密な意味での人間ではない。
二本突き出た大きな角。牛や山羊を髣髴とさせる硬い部位は人には決して無いものだろう。其の上、白銀の髪はこの辺りでは決して人には見られないものだ。薄く紫に染まった独特の髪は夕日の中で美しく輝いている。また、その髪の下から伸びる耳は人間とは比べ物にならないほど長い。そして、その耳が炎で燃え盛っているような真っ赤だとくれば夜道で会ったとしても『妖怪』であると分かるだろう。
―とは言え、美しくない訳ではないのだが。
猛禽のように鋭い金色の目やおおらかな表情、そして平均的男性の身長と大差ない長身が頼れる女性とも言うべき雰囲気を作り出している。彼女が人であれば『姉御』と呼ばれて親しまれていたかもしれない。実際、雰囲気だけでなく豪放で細かい事を気にしない彼女は子供達にも多く好かれている。しかし、可愛らしい部分が無い訳でもなく、無造作に伸ばしている髪が所々でピンと跳ねて妙に可愛らしい。『鬼』と言うこの国でも恐れられる種族である彼女が僅かに隙を見せる部分にどうしても彼女に妙な落差と魅力を与えている。
―其の上、露出も激しくて…なぁ。
その燃える様な肌を見せるけるように彼女は最低限の部分しか布で覆ってはいない。胸と下腹部の僅かな部分に横縞の毛皮を括りつけただけの姿は刺激が強すぎる。これがまだ貧相な体型であれば笑い話にもなろうが、六花はその豪放な性格に反して男好きをする部分にたっぷりと肉をつけているのだ。其の上、足首や腰
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