―…ふぅ。
―まぁ…こんな所でしょうか。
―ちょっと山には悪い気がしますが。
土石流のようにして土や石を巻き上げながら私をフィエロ以外を全て下へと押し流すそれは一体、どこまで続くのか私にだって分かりません。今まで声帯や咽喉が上手く作れなかった私は詠唱を前提とする魔術を使ったことなどなかったのです。まして三重詠唱など初めて行ったので、どれほど後を続くかなんて想像もできないのでした。
―まぁ…きっと死んではいないんでしょうが。
―精霊の力を借りてる訳ですしね。
―水の精霊さんありがとうございます。
元々、精霊さんは人を傷つける魔術を好んではいません。特に水の精霊さんはその傾向が顕著で、癒しの術を得意としているのです。私が使ったアド・プレッシャーも元々は農耕、開拓用に開発されたものであり、攻撃用では決してありません。少なくとも相手を傷つけるのを目的とした魔術には水の精霊さんは力を貸してはくれないのです。今回の様に元々、それ用ではない魔術を攻撃に使う時には、力を貸してくれたとしてもその命を奪う所までは決していきません。
―まぁ…全てフィエロの受け売りなんですが。
―だから…出来ればこんな方法は取りたくは無かったのです。
―確信が持てなかった訳ですしね。…まぁ、私としてはあんな連中に死んじゃっても良いと思いますが。
―流石にそれは…言い過ぎじゃないかと。
―容赦しない(キリッ)とか言ってた人に言われたくありません。
―…喧嘩なら買いますよ?
―…いい加減にしなさい。
自分自身にからかわれ、自分自身に怒り、そして自分自身を諌めるという光景。それはとても不毛な事であったでしょう。しかし…それが私であるのです。あくまでただのスライムでありますが、こうして胸の内に別の自分を飼っていて…喧嘩したり、今回の詠唱のように協力したりする。幼いながらにそんな自分が他とは少しだけ違うのを理解していましたが、特に何か特殊な能力がある訳ではありません。
―…それよりフィエロの事ですね。
―顔色は少しマシになりましたが、脈はどうですか?
―正常です。…どうやら少し落ち着いたようですね。
「…良かった」
思わず安堵の感情が言葉として出てきます。三重詠唱の為にしっかりと整備された咽喉は人に近い発音が可能になっていました。それを知ればフィエロは悲しむかもしれませんが…今回ばかりは不可抗力でしょう。そうしなければ私も彼も命が危なかったのですから。きっと彼も許してくれる…と思います。多分。
―そんな事より彼を別の場所に運ばないと。
―そうですね。少しは落ち着ける場所に…後、濡れて汚れたコートも脱がさないと…。
―…脱がす…。
―そこに反応しないで下さい。自分だと思うと悲しくなってしまうので。
―二人だって本当はドキドキしてるじゃないですかー!やだー!!
仲間の言葉通り、私の胸は確かにドキドキと高鳴っていました。でも、それも仕方のない事でしょう。だって、フィエロは私にとって大好きで、とても大事で、そして物語の王子様のように助けてくれた愛しい人なのです。そんな人を脱がすとなれば、やはり女としてどうしても興奮してしまうでしょう。だから、私はあからさまに反応した子に比べれば、淫乱なんかじゃありませんし、エロエロなんかでは断じてありません。
―自分が比較対象って…虚しくなりませんかそれ。
―…うるさいですよ。とりあえず運ぶのは何時もの住処にしておきましょうか。
―そうですね。あそこならば、人も動物もそうは寄り付きませんし。
そう仲間内で結論を出した私はそっとフィエロの身体を背中に背負いました。普段、背負われている側である私がこうしてフィエロを背負うというのは妙に新鮮です。まだはっきりとした意識を取り戻さないのか、胡乱な瞳のフィエロは決して私を頼っているわけではないのでしょう。しかし、背中に感じる体温と重みが何となくそう感じられて、私の胸はそっと高鳴るのでした。
―よっと…では、フィエロの身体を固定しますね。
―お願いします。代わりに私は足を進めるのに集中しますから。
―…じゃあ、私はフィエロの体温に…。
―働きなさい。
とは言いつつも、彼女がフィエロの体温に心奪われるのも分からないでもないのです。そっと背中に倒れ掛かるフィエロの重みも体温が一緒になっているのは添い寝をしている時くらいしか感じられないものなのでした。そして…あの独特の全身でフィエロを包んでいるはずなのに、逆に包まれているような暖かくも甘い感覚を思い出してしまうのです。私の下腹部をキュンと疼かせて蕩けさせる感覚を思い出した私は一つ熱い吐息を吐き出してしまうのでした。
―…欲情してる暇
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