皆大好きドワえもん

 
 ―炎と言うのは激しいものだ。
 
 どんな小さなものでも触れれば火傷してしまうし、近づくだけでも本能が逃げろと叫ぶ。その叫びを無視して長時間近くにいれば、それだけで水膨れが出来てしまうだろう。その炎に包まれて死ぬのは最も苦しい死に方の一つであると言われているし、『ヒト』であれば出来るだけ近づきたくはないというのが本音だと思う。
 
 ―だけど、人の歴史は炎と共にあった。
 
 小さな土器を作るのにも、人はその激しく、恐ろしい炎を用いた。土くれを加工し、身近な道具を作り出すのに、その炎の激しさを求めたのである。それが『人間』と言う奴の恐ろしさでもあり、最大の能力でもあるのだろう。恐れていたものでも有用であれば躊躇無く、利用する。だからこそ、どんな生物よりも『人間』は世界中に広がる事が出来たのだ。
 
 ―今の私達のように…ってね。
 
 そんな事を考えながら、私は手に持つ槌を思いっきり叩き降ろした。ガキンと金属同士がぶつかる音が響いて、手の中がビリビリと痺れる。もう何千何万とそれを繰り返してきた私にとって、手から一瞬、感覚が消えるそれは馴染みのあるものだ。寧ろ、心地良ささえ感じながら、真っ赤に熱された刀身に向かって、再び槌を振り下ろす。そして、それを繰り返す度に握りこんだ拳が震えるような感覚が強くなっていくのだ。
 
 「よーし…もうすぐだよ。良い子だね…」
 
 思わずそう呟きながら、私は硬くなっていく刀身を横に置いた水桶の中に突っ込んだ。じゅぅと一気に水が蒸発する音と共に湯気が噴き出す。一瞬で白く染まった視界から逃げるようにして、そっと周りを見渡すと、乱雑に物が置かれた工房が目に入った。勿論、乱雑と言ってもここの主である私にとっては全ての場所が手に取るように分かる。他人にとって散らかっている部屋が、本人にとって住みづらいかどうかは決して=ではないのだ。
 
 ―…まぁ、流石にちょっと片付けないと…とは思ってるんだけどね。
 
 机の上に乱雑に置かれた整形用の槌。本来は壁に掛かっていたそれはここ数日休み無しに様々なものを作っていたからか放置されたままである。他にもそこら中に設計図や型が放置されているままだ。それらは勿論、私の頭の中に入ってはいるが、いい加減、片づけをしないとまずいだろう。
 
 ―何はともあれ、まずはこの子かな。
 
 湯気の収まってきた水桶に視界を戻すと赤白く透き通った刀身が目に入った。火山に近いこの場所では地中からマグマと共に上質な鉱物が運ばれてくる。それらの中からさらに上質な鉄を選んで作り上げられた刀身は、まるで最高級の銀のように透き通っていた。ただでさえこの工房は火山の熱を直接、引いて来て並の鉄でもそこそこの物を作れるのだから当然と言えば当然だろう。
 
 ―ん〜……もう一回かね。
 
 鉄と言うのは打てば打つほど良いモノになる訳ではない。無論、そう言った側面は確かにあるものの、過度の打ち過ぎは鉄の破壊に繋がってしまう。其の辺りの見極めが出来るかどうかが素人と鍛冶屋の境目だ。そして…私は根っからの鍛冶屋であるドワーフである。特に根拠は無いが、私がもう一回と思えば、もう一回やるのが望ましいのだ。多分。
 
 「…それじゃあ…もっかいやりますか」
 
 そんな風に自分を鼓舞しながら、私は座っていた椅子からそっと立ち上がった。もはや段差としか思えないような小さなそれは私の夫が自分で作ってくれたお手製である。私とは違い、壊滅的に不器用な夫が四苦八苦しながら作ったそれは余りにもちぐはぐで何処か頼り無い。でも、夫の好意が何よりも嬉しくて、今も尚、補強しながら使っている私の宝物だ。
 
 「…えへへ」
 
 煤の張り付いた頬を思わずにやけさせながら、私はそっと炉の方へと足を進める。そして、既に熱が収まってきたのか薄紅色にまで落ち着いた刀身を再び炉の中へ突っ込んだ。離れていても熱が伝わってくるような激しい炎にダラダラと汗が流れるのを感じながら、すっと感覚を研ぎ澄ませる。火山の熱を利用しているこの炉はとんでもない高温で、あっという間に刀身を熱することが出来るが、反面、微調整が難しいのだ。ドワーフでも時に失敗してしまうほど扱いの難しい炉から一瞬たりとも目を離さず、私は鍛冶手袋越しに伝わってくる熱に思考を合わせる。
 
 ―3……2……1……今!!
 
 「ドワえも〜ん!!」
 「う、うわあああっ!!」
 
 ヒトに触れれば火傷ではすまない高温になっている鉄を炉から引き出した瞬間、私の背中にぐわりと大きなモノが被さってきた。余りにも炉の事に集中していたからだろうか。さっきまで私以外に誰もいなかったはずの工房なのに、私の背中には確かに感じなれた熱がある。炉の高熱にすら耐える私の身体も、マグマの熱にさえ屈さない心も溶かして
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