「…やばい…これは死ぬかもしれない」
そう呟いたのははっきりと近づく死の予感を感じているからだ。いや…それはもはや予感とは言えないだろう。確定したそれは足音と形容した方が的確かもしれない。
「……ここで…終わりか…」
何だかんだでどんな時だって生き残ってきた。ソレは勿論、常に何かを犠牲にしての事であったが…今回ばかりは相手が悪い。何せ…人間が決して勝てないであろう最強の敵なのだから。どうあがいても…今の俺になす術は無い。
「…腹減ったな…」
―そう。人類最強の敵『飢え』。
ぐぅぅっとなる腹に手を当てれば、胃の辺りがぐるぐると蠢いているのを感じた。一週間近く、食べ物らしい食べ物を一つも入れていないそこは胃酸で焼きつくような熱ささえある。まるで食べ物を催促するような熱さと蠢きではあるが…俺にだってどうする事も出来ないのだ。
―何せ…俺には『飢え』だけでなく『金が無い』という最悪の敵まで憑いているのだから。
財布も開けても一回の食事さえままならないような小銭しかなかった。倒れた時の医療費は待ってもらっているので、別にあの病院でケツの毛まで毟られた訳じゃない。もっと別な…詰まる所、仕事的な問題だ。
「…はぁ……」
そんな風に溜め息を吐くのは本日、十一件目の求人を門前払いされたからだ。今のこの避難所で一番必要とされているのは男手である。そこらの村から人が避難してきて一気に膨れ上がった人口を養う為にも、彼らの小屋なんかを作るのが必須なのだから。それには屈強な男がどれだけ居ても足りないくらいだ。勿論、俺は身体はしっかり鍛えている。だが…今の俺には片腕が足りないのだ。
―…やれやれ…こんな事なら冒険者を続けてれば良かったかな…。
流石にもう片腕では冒険者はやってられない。そう判断して、ここに腰を落ち着かせるつもりであったが…どうやらここに俺の居場所は無かったらしい。当たり前だが学の無い俺が肉体労働以外に出来る仕事など無いのだ。しかし、その肉体労働も片腕が無い所為や、前の経歴が冒険者であり何をしていたかまるで分からないという理由で跳ねられてしまう。
―まぁ…それも当然だよなぁ…。
ただでさえここ最近、一気に人口が増えて諍いが多くなってきたのだ。街角で演説してるあの町長の話だと全員を養うのに十分な食料を確保しているらしいが、人はパンだけで生きるにあらず、とも言う。大災害の後で荒んだ人々はあちこちで衝突を繰り返している。特に後からやってきた避難民は身のみ着のままであることもあり、その食料を配給に大きく頼っている状態だ。この避難所の基となった町から避難してきた住民は今も貨幣で食糧を買っている為、どうしても不満が噴出する。その摩擦は小さな衝突を生む程度で大規模なものに発展してはいないが、このまま放置すれば大きな火種にもなりかねない。
―そんな状況で完全に外からやってきた元冒険者を信頼できるかって言ったら…否だよなぁ…。
しかも、出来る事が制限される片腕と来ている。それで雇おうと考える方が異常だろう。その感情は俺にも理解できた。しかし…理解した所で俺の腹が膨れる訳じゃない。またくぅぅっと一鳴きした腹を押さえて、小さく溜め息を吐いた。
―まだ…売るものはあるといえばあるんだがなぁ…。
ベルから押し付けられた数種の武具。それはまだ俺の手元に残っている。見事な意匠と素人目にも分かる素材の良さから、これを売れば一財産くらいは出来るはずだ。だが…これはベルから預かった大事な遺品なのである。それを売るような下種な行為は、流石の俺にも出来なかった。
「…となると八方塞な訳で…」
自分を取り巻く状況を確認すると、あまりの詰みっぷりに笑えてくる。金は無い仕事は無いプライドは売れない。無い無い尽くし過ぎて、どの方向にも進めないのだから。このまま飢えの中で死んでいくのが、俺の運命なのだろう。
―まぁ…それも悪くないか…。
冒険者と言う因果な商売をしてきていたのだ。ずっと死に対する覚悟と言うものはしてきた。流石に街中で餓死するというのは予想していなかったものの、今まで多くの人間を見捨てて裏切ってきた俺の最期には相応しいものだろう。そう思うと、こうやって必死で働き口を探しているのが馬鹿のような気がした。
「…まぁ、良いか…」
ぽつりと呟いたのは完全に心が折れた証なのだろう。両親がくれた命と言う事も忘れて、俺はその場にそっと座り込んだ。辺りは広く開けていて、まるで公園のようになっている。もう日が落ちている時間だというのに、子供がはしゃいでボールを蹴るような音がする辺り、開拓された場所を子供が遊び場にして使っているのだろう。無邪気な声が妙に
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6..
29]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録