―夢の中なんて一種の別世界みたいなもんだ。
脈絡も無く何かが登場し、脈絡も無しに話が進む。しかも、見ている最中はそれが別に違和感無く認識されてしまうのだ。それがある意味、もっとも性質が悪く…恐ろしい。
「…どうしたよ?」
「あー…いや、なんでもない」
そんな世界から俺を揺り起こした張本人にパタパタと手を振りながら答える。その眉間は自覚するほどに寄っていた。別に不機嫌なわけじゃない。ただ、ちょっと夢見が悪かっただけだ。…いや、ある意味、良かったのか。…そんな事は無いな、うん。
「風邪か?追い込みの最中だからって無茶すんなよ」
「分かってるっての」
そんな俺に向かって心配するような言葉を放ちながら、ソイツ――俺の親友でもあり、研究のパートナーでもあるルドガーは笑った。元々が人懐っこい顔をしているからだろうか。そんな風に笑うと子犬のようなイメージが強くなる。平均的な身長を持つ俺よりもさらに一回りほど大きいのに、何処か可愛らしいイメージが強い笑みを浮かべるのだから、反則だ。それで居て本人自体の性格も悪くない。
―だからモテるんだろうなぁ。
妬みにも似た感情で親友を見れば、まず眼に入るのはキラキラと輝く金色の髪だ。邪魔にならない程度に短く切られているそれは窓から差し込む光を一杯に受けて煌いている。それで居て何処か暖かく、まるで向日葵のようだ。その下に埋め込まれた瞳は美しい碧眼である。新緑を煮込んで抽出したような美しい緑は、今も知的好奇心にキラキラと光っており、男の子供っぽい印象に拍車を掛けている。顔立ちはすっきりとしている印象が強いが、めまぐるしく変わる表情と常に何かに熱中しているような瞳がまるで子供のような印象を強めていた。俺たちのユニフォームとも言うべき白衣の下にはしっかりと引き締まった身体をしていて、衣服越しにも逞しさを見せ付けられているようにさえ感じる。
―対する俺は……。
ジパングの血が混じっている所為か黒い髪には艶しかなく、何処か地味な印象が強い。墨を落としたような光沢の無い瞳は、常々、何を考えているのか分からないと言われるのだ。顔立ちは自分では悪くないと思っているものの、ルドガーに比べればどうしても見劣りしてしまうレベルだ。元々、感情を表に出すのが苦手な所為か、暗いとか根暗だと言われる印象もそれに拍車をかけているのだろう。身体的にも、俺はルドガーにはまるで及ばない。俺の身体は貧弱で、殆ど筋肉らしい筋肉が無いのだ。かつてはそれがコンプレックスで必死になって身体を鍛えていたが、結局それは実らなかったと言う事は体質なのだろう。
「…はぁ…」
「…リズ、どうした?マジで風邪じゃないだろうな?」
―加えてもってこの名前だ。
リズと言うのは愛称でもなんでもない。俺の名前だ。両親が男でも女でも両方に着けられる様に、と考えたその名前はどちらかと言えば、女の子に相応しいものだろう。華奢であるとは言え、別に女顔というわけでもないのに、どうしてこんな名前をつけたのか。この街で暢気に暮らしている両親を問いただしたくなったのは一度や二度ではない。けれど、今更、名前を捨てるなんて出来ず、俺は胸中で溜め息を吐いた。
「大丈夫だ。体調管理が得意なのは知ってるだろう?」
「まぁ…そうだが……」
ルドガーと出会って既に十年ほどにもなるだろうか。俺たちが今年25になるから、人生の大半はコイツを過ごしている事になる。しかし、その間、俺は風邪一つ引いたことが無かった。それだけが、俺がルドガーに誇れる唯一の点である。
「お前は無理しがちだから心配なんだよ…」
「ほっとけ。俺の勝手だ」
―思わず冷たい言葉を向けるのは俺がコイツを妬んでいる所為か。
自分でもそんな所が素直ではないと思う。…いや、素直すぎるのか。もう少し言葉を考えれば、もっと友人も出来ただろう。もう少し愛想を良くすることを心がければ、もっと人と関われただろう。しかし、過去を振り返っても何の意味も無く、俺は無愛想で有名な男であることにも変わりは無い。
「相変わらず手厳しいな」
そんな俺の唯一の友人でもあるルドガーは、俺の冷たい言葉にまるでダメージを受けたように見えない。悪く言えば鈍感、良く言えばタフがコイツの特徴だ。その鈍感さを余す所無く発揮して、フラグをへし折り続けた男は、今もまたその持ち前のタフさで俺の言葉を受け流す。それが何処か腹立たしい反面、そうでなければこんな棘棘した男の相手を十年もやってられないだろうとも思う。
「まぁ、無理すんなよ。倒れたら、後が大変になるんだからな」
「…分かってる」
―ついさっきも実験の途中で居眠りした手前、強く出ることは出来ない。
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