「やれやれ…アイツにも困ったものだな」
あたふたと自分よりも二周り以上小さい少女の背中を追う友人の姿を見ているとどうしてもそう呟いてしまう。なにせ、その姿には傭兵団の冷酷な参謀であった頃の面影がまるで無いのだから。誰よりも『あの男』に心酔し、その所為で利き腕さえも失った程の男が今はただの『お兄ちゃん』に見える。
―無論、そこに至る前は山ほどの苦難があったんだろうが。
利き腕を失った頃のアイツ――カルロは本当に抜け殻のようであった。アイツが心酔し、俺達自身も『最強』であると思っていた男が負けたのだから。その衝撃とショックは奴の『力』に魅入られていた俺にだってある。だから、その気持ちは多少は分からなくもないのだ。しかし、それは所詮、想像の痛みでしかない。実際のところ…まるで神のようにさえ敬っていた男が『人間』であった事を『知ってしまった』カルロの衝撃は、本人にしか分からないのだろう。
―そして、廃人のようだったカルロが立ち直ったのは、あの人のお陰だ。
グレースと言う名の美人で子持ちの人妻を脳裏に思い浮かべる。男好きのする部位にのみたっぷりと美味しそうな肉を載せた彼女は、廃人のようになってしまったあの男に根気良く接して、その気持ちを現世へと戻してくれた。それは…友人であると思っていた俺達には出来なかった事である。だからこそ、俺達は彼女に山ほどの借りがあり…感謝と申し訳ない気持ちで一杯なのだ。その気持ちと彼女の魅力の前では彼女がデュラハンであると言う事は塵芥に等しい。
―最初は…まだマシだったんだが…。
恐らくは信仰の対象をあの男からグレースさんへと移したのだろう。カルロの接し方はそれはもう恭しいものであったのを良く覚えている。しかし、それは決して害では無かったのだ。彼女が人妻で子持ちである事を知っても、その旦那と出会っても奴の信仰は変わらないのだから。何だかんだで『神』が『人間』である事を知った奴の心はその程度を許容できる程度には強くなっていたのである。
―それが変わったのが…今から一年ほど前か。
グレースさんの紹介で訓練を行う先生になってから数ヶ月。急激にカルロの調子が以前とは比べ物にならないくらい可笑しくなった。今まで許容していた筈の事に敏感になり、ついには彼女の旦那を排除しようとさえし始めたのだから。瞳に焦りを浮かべて、変わってしまった友人にとても戸惑ったのを覚えている。それも当然だろう。昨日までは普通であった友人がある日、突然ストーカーのようになってしまったのだから。無論、俺達は何度も止めようとはしたが、結局、今日までそれはまるで変わってはいない。
―やれやれ…いい加減、気づけばこっちも楽なんだがな。
そんな変化の裏にある少女の姿があるのは分かっているのだ。恐らく…カルロはさっき共に出て行った少女――リーナちゃんに惹かれている。抱きつかれた時の嬉しそうな顔は歳の離れた兄としてではなく、男としてのものなのだから。鈍感な友人は未だそこまで気づいては居ないようだが、境遇上、表情の変化に敏い俺には分かる。
しかし…それがアイツにとっては認めづらいのだろう。リーナちゃんが別に母親と同じデュラハンだからではなく…彼女の肉体年齢的に。魔物娘がどんなスピードで成長するかまでは知らないが、リーナちゃんの姿はまだまだ幼い少女のものだ。無論、今の状態でも将来を期待させるに十分すぎる程、魅力的であり――付け加えておくと別に俺には幼児性愛の趣味は無い。美しいものは好きだがな――だからこそカルロも惹かれているのだろう。しかし、今まで恐らくマトモな恋愛をしたことが無いアイツにとってはそれは中々、認め辛い感情だ。
―だからこそ、自分の興味をグレースさんに向けて言い訳している状態なんだろうな。
そんな友人の代替行為に巻き込まれている形の彼女には本当に様々な意味で頭が上がらない。先日も菓子折りを持って、二人で詫びに行ったら快く受け入れ、茶まで出してくれたのだ。それどころか「貴方達みたいな友人を持つあの子は幸せ者ね」とまで言って、喜んでいたのだから。子を持つ母は強いと言うが、迷惑を掛け捲っている友人の事を素直に喜んでくれたグレースさんの強さは正直、羨ましい。
―そして、だからこそ……
「何とかしてやりたいんだけれどなぁ…」
そう呟いた言葉は俺から出たものではなかった。俺の左側に座りながら、テーブルに突っ伏している男が発したものである。原色に近い青に染められたシャツとズボンと言うラフでセンスの無い――上下青とかマジ信じらんねぇ…――格好から覗く四肢にはしっかりと根付いた筋肉が見えた。しかし、それらは決してゴテゴテしいものではない。実戦で磨き上げられた筋肉は適度な
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