その2




 ―その時の俺はきっとどうかしていたのだと思う。

 心から心酔していたと言っても良い男が負けたのがショックだったのが主な原因だったと思う。その時の俺は傭兵団ごと包囲殲滅されて魔王軍へと寝返り、人質にされていたジェイク坊を助け出す為、教会の本陣へと奇襲していた。まさか昨日の負けて捕虜になった連中が、返す刃で自分たちの首元を狙うとは思っていなかった教会は一度構築した陣を放棄し、無様にも逃げ出す…ハズだったんだが。

 ―何をどう間違ったのか連中はその場で徹底抗戦を選んだ。

 元々、奇襲する為の少人数部隊だ。俺を含め、元傭兵団の面子も全員揃っていたが、物量には敵わない。本陣に火をつけて、首脳部とも言える連中や俺たちの元お仲間は逃げ出したものの、下っ端連中には撤退命令は出ず、炎の海の中で俺たちと戦い続けていた。…無論、奇襲が成功した所で、相手が歯向かって来たら何も意味は無い。元々、奇襲とは少人数で大多数を敗走させる言わば奇策なのだから。

 ―無論、その奇策が下っ端の切り捨て、と言う形で切り抜けられた俺たちは再び包囲殲滅の危機に陥ったわけだ。

 そんな中、俺たちは文字通り奮闘した、と言える。俺が心酔していたあの男も、その馬鹿げた腎力を大いに振るい、ばったばったと人をなぎ倒していたし、フェイやハンスを含め残った連中は、取り戻したジェイク坊を護るように立ち回っていた。護られる側のジェイク坊も火の海の中で敵と味方が切り結び、ばったばたと人が倒れていく地獄とも思える光景の中で、泣き声一つあげず言われたとおりに動いていたのは…今でも驚いている。

 ―そして俺はそんな中で、敵へと突っ込んだ訳だ。

 正直、自棄になっていたのは否めない。だって、俺にとってはそれだけあの男は絶大な存在感を思っていたのだ。その男が居ればどんな戦いにだって勝てると、本当に戦神のように心酔し、信頼…いや、依存していた。けれど、そんな男でさえ負けてしまった。あれほど強かったのに、バフォメットに負け膝を屈した。だからこそ、俺はその時、とてつもない恐怖に駆られたのだろう。戦わなければ死ぬ…とそんな戦場の大原則を唐突に思い出し、俺は仲間から突出するのも構わないほど敵を追いかけてしまっていた。

 ―そして突出した奴の最期なんてお決まりだ。

 あの男のように規格外の能力があれば、また話は別なのだろう。実際、俺たち傭兵団が一番、得意としていた戦術は包囲殲滅を恐れず、あの男を先頭にしての突撃戦法だったのだから。包囲される以上のスピードで敵陣を突破する姿はまさしく暴風の二つ名に相応しく、敵味方ともに恐れられていた。…けれど、その時の俺の目の前には、護るべき男の背中は無く、そして俺の失敗をフォローしてくれる仲間もまたいない。自分が突出し過ぎているのに気づいた頃には全てが遅く、俺は何人かの騎士に囲まれ…そして利き腕である右腕を切り落とされた。

 ―その時の痛みはいまだに覚えている。

 まるで神経に直接、焼印を押されたような痛みが走り、俺は絶叫を上げた。恥も外聞も無く泣き叫びながら地面を転がり、必死に助命を乞うたのを覚えている。…今まで傭兵として何人もの命を奪ったのに、自分だけ助命するなんて蟲が良すぎる…と俺自身、思う。けれど、その時の俺は何とかして生き延びようとすることしか頭に無かった。それこそプライドも何もかも捨てて、右腕から噴出す血を必死に止血しながら転げまわる俺の前に現れたのは…グレースさんで…そのまま俺を嘲笑う騎士どもをなぎ倒してくれたのを覚えている。

 ―突出する俺の背を追いかけて、敵陣まで乗り込んできてくれた彼女が居なければ今頃、俺は死んでいただろう。

 けれど、俺の幸運はそこで完全に使い果たしていた。切り落とされた腕から吹き出る血は根本的に止血しなければ死へと直結するレベルにまで達していて、今にも俺の命が尽きてもおかしくはない。そんな状況でもグレースさんは諦めず、俺の腕の切り口を直接、火で焼き止血する…なんて荒業で俺の命を救ってくれたのだ。

 ―お陰で俺の右腕は治療で元通りにする事はできなかったんだが…命あっての物種だ。

 そして、戦えなくなった木偶でも技術や経験の一端でも教えられると幼い子供たちの訓練を買って出たわけだ。そんな俺の様子を、片腕となった事と、倒して魔王軍に引き込んだ一因でもある事に責任を感じているのか、グレースさんは何度か見にきてくれて、彼女の娘であるリーナちゃんを託してくれるまでの仲になる事ができた。…まぁ、その時、彼女が既婚かつ子持ちであり、旦那には俺に見せるものとはまったく違う笑みを浮かべることに気づいて、俺の恋は終わりを告げたわけだが。

 ―そう。俺の恋はそこで終わっている。

 …なのに、どうして俺はあんなにしつこく彼女に
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