―世の中には芸術作品というものがある。
―それは絵画であったり、音楽であったり、建築であったり、彫像であったり色々な種類があるが…
―1つだけ共通しているのは芸術作品には、人の心に例えようのない衝撃と感動と衝撃を与える事。
―そして、その定義で言えば、『彼女』は俺にとってまさしく『芸術作品』であった。
始めて出会った場所は剣戟響く戦場。それも敵と味方と言う剣を交える立場だ。けれど、澄んだ青の髪を返り血に染め、血糊が着いた白い腕を振るって、両手剣を振り回す姿は当時敵であった俺の心を間違いなく鷲掴みにし、今でも離さない。当然だろう。その時の『彼女』は、俺にとって死の女神よりも美しく、そして、その手で倒された俺はその魂をまさに彼女に刈り取られているのだから。
―そして、その想いを…今日こそ『彼女』に受け取ってもらいたい。
だからこそ、俺はこんな所で…彼女の所属する騎士団の控え室の前で『彼女』を待っているのだから。時折、奇異の目で見てきたり、「またか」と呆れる様な表情を俺を見ながら通り過ぎていく魔物娘の視線にも負けず、こうしてここに立ち続けているのだから…っ!!!
―…いや、実際、今にもメキメキと心が折れそうですがね。
何十度目かの覚悟も、呆れるような視線や奇異の目にごりごりと削れていく。流石にまだ逃げ出す程ではないにせよ、このままだとそんな行動を選ぶのも時間の問題なのかもしれない。
「あら…どうしたの?」
そんな風に思い始めた頃に、ようやく出てきた『彼女』は意外そうに俺を見た。元々、俺と『彼女』は所属する場所が遠く離れ、会う機会は殆どない。俺がこうして『彼女』の出待ちを――教会の侵攻を喰い止め、魔界の平和を今日も護って来た『彼女』がこうして控え室から出てくるのを待たなければ顔を会わせる事はほぼ無いだろう。この広大な魔王城の中では、それくらい俺と『彼女』の主な活動域は離れている。
―そして、そんな俺がここまで来た理由なんて一つしかない。
あの時、『彼女』に負けてから、ずっとずっと秘め続けた感情を今日こそ受け入れてもらおうと、恋人と言う関係にランクアップさせてもらおうと、そんな覚悟に全身に力を込める。心臓が高鳴り、緊張に手が震えそうになるが、目だけはしっかり『彼女』に向き合ったのを確認し、俺は素振りの剣のように一気に頭を下げた。
「グレースさん。結婚してくださいっっ!!」
「100年ほど出直してきなさい若造」
―そんな冷たい言葉と、汚いモノを見るように見下す『彼女』…グレースさんの視線に
―俺の52回目のプロポーズは見事に失敗に終わったのだった。
「と言う訳で無理矢理、結婚させられたグレースさんをどう助け出すかの会議を始めたいと思う」
所は変わって、ここは魔王軍の食堂。より正確に言えば、誰も全容までは把握していないという噂さえあるこの広大な魔王城の中にある食堂の一つ…だ。けれど、その食堂でさえ、ちょっとした村が丸々入ってしまうほどの規模を持っている。何処の素材で出来ているのか夏はひんやりと、冬は暖かい熱をじんわりと放ち、空調も果たす岩で組み上げられているそこは、魔物娘と人間の数多い憩いの場でもあった。教会との戦いが終わり、魔物娘の旦那たちも魔王城に帰還したので、食堂のそこかしらで深いキスをしたり、時には服の中に手を入れてペッティングしたりとイチャついてるってレベルじゃない光景も見えるが…それは全力で無視する。
そして、どうして俺がそんな所にいるかと言うと…何時も通りグレースさんに振られた後、何時も通り泣いてその場から逃げ出した俺は、何時も通り悪友を集めて、今後の作戦会議を開こうとしているからだ。
「無理矢理ってお前…旦那さんよりグレースさんの方が如何見たって強いんだが」
しかし、そんな世界創世の謎よりも、遥かに重要で緊急性の高い会議に悪友その1であるフェイは、まったくやる気を見せない。無精ひげを生やし男臭い顔を、不機嫌そうに歪めて、頬杖をついている。元々、熱しやすく冷めやすい子供のような性格をしているので、この辺りは別に問題ではない。火さえつけば、仲間内の誰よりも激しく頭を回し、リーダーと同等かそれ以上の勘の良さと相まって、名案を出してくるのだから、まったくやる気の無い姿であっても我慢するべきだろう。例えそれが俺の奢りで、食べきれないんじゃないか、と思う程の料理を頼んだ末の姿であっても寛大な心で…か、寛大な……ぐぎぎぎぎぎ。
―いかんいかん。冷静になるんだ俺。
「きっと弱みを握られているんだ!じゃないとあんな美しい人が、ゴリラみたいな顔の男と結婚するものか!」
「いや、如何見たって尻に敷いてるのはグレースさんの方だろ」
そう言うのは悪友
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