リリィお姉さんのパーフェクト訓練教室

 黄昏時の訓練所……訓練用の木人形が立ち並び、木製の武具が傘のように並びたてられている広い室内で私とその『少年』は対峙していた。 
 戦う邪魔にならないように、と私が短く切ってあげた紅の髪は今までの訓練で彼の顔に少しだけ張り付いている。まだまだ輪郭も丸く、幼い色を残す彼の顔は身体に溜まる疲労に上気して、息を荒く上げていた。まるで情事の最中を連想させるような姿ではあったものの、強い意志が込められた黒曜石のような瞳と、低めに構えた木製の槍がそのイメージを払拭させる。
 まだ幼い…少年と呼べるような彼―ジェイク・バーキンスが持つ槍は訓練用に作られた木製のもので、本物よりも大分軽い。その分、取り回しも易しく、半分子供のおもちゃのようなものではあるものの、両手でしっかりと持ち、穂先を地面へ向けるように斜めに構えたその姿は、意外なほど様になっていた。

 「…行きます…っ」

 言いつつ、彼の足は一歩踏み出した。ズダンっと響くほどに踏み抜かれた床からの反発を得たその一歩は、訓練中とは思えないほどの速度と正確さで、この年頃の少年にはあるまじき筋力をジェイクが秘めている事の証左でもある。そして、そんな少年が、速度を殺さず、そのまま肩から叩きつけるように放つ一撃もまた、下手な大人ならば腰を抜かしてしまうほどの威力と速度を秘めていた。

 ―けれど…遅い。

 彼の性格を現したかのように生真面目で一直線な一撃は真正面から私の肩へと向けられる。その速度はさっきも言ったとおり大したものだ。才能すら感じさせる。…けれど、実戦の場で一線級と戦っている私にとっては、『この年頃にしては』早いだけの一撃に過ぎない。

 「ふっ」

 力を込める為に少しだけ息を吐きながら、私は正眼に構えた木製の剣を少しだけずらす。がつっと、ぶつかったような音と衝撃…そして横槍を入れられて、狙った肩を少しだけ…けれど、掠る事も出来なかった槍は空しく空を突いた。

 ―さぁ、どうする…?

 その隙に今度は私も一歩踏み出す。正眼に構えているだけに、ジェイクのように大きな音こそしないものの、室内であれば音一つなく移動できるそれは、目の前で見ていてもいきなり接近したように感じるだろう。その証拠に私の剣の射程圏に入った彼は驚きに目を大きく開いた。
 けれど、それも一瞬のことだ。すぐに気を取り直して、突き出した形のままの右手を私へと向ける。まるで殴るようなポーズになった事で、穂先が左手へと近づいた。そのまま左手でしっかりと握り締め、私の一撃をけん制するように構え直す。

 ―なるほど。考えたな。

 今までは延ばしたままの槍を無理に手元に引き戻そうとしていたので、接近していた私に対処できず、木剣の一撃を受けていた。その経験から彼なりに学習したのだろう。外したのであれば、落ち着いて防御に徹して、次の機会を待てば良い、と。

 ―正解だ。

 それは槍を使うものにとっての基本戦術だ。元々、リーチに優れる反面、引き戻しに手間のかかる槍は一発屋の部分がある。外せば死、当たれば勝ち。そんなハイリスクハイリターン…逆に言えば素人でも運が良ければそこそこになってしまう武器には、今では多くの対抗策が用意されている。
 私の、構えているこの正眼の構えもそんな槍対策の一つだ。突く、と言う攻撃方法である以上、槍は横からの動きにとても弱い。そんな槍の突ける範囲を真正面に構える剣で制限しながら、左右どちらに突いても軽く剣で弾くことができる正眼の構えは、槍の天敵の一つであると言える。

 ―だからこそ、槍を使う者にとって防御は生命線なのだ。

 無論、他の武器でも防御手段と言うのは決して軽視できるものではない。けれども、有史以来、優秀な武器として猛威を振るった槍は、多くの対抗策を取られながら、未だに『突く』と言う事を基本としている。『突く』と言う事で致命傷を与えるには筋肉を伸ばしきらなければならない。そしてその伸ばしきった筋肉を再び収縮させるにはどうしても一呼吸必要だ。その隙は殺し合い、と言う場では文字通り致命的となる。…だからこそ、槍を使うものにとって、『外した時』の保険である防御を学ぶのは、どんな武器よりも大事なのだ。

 ―ご褒美だ…っ!

 その答えに自分から行き着いた事が嬉しくて、私は少しだけ手に込める力を緩めた。七割程度の力から五割程度へ。少なくともぶつけた衝撃で槍を落として凹まない程度に落とした力で、私は木剣をジェイクの持つ柄に向かって振り下ろした。

 「くぅ…っ」

 五割程度の力とは言えど、まだまだ子供の彼と私では身体に秘める力の差がありすぎる。それは小さく呻いた彼と、手に痺れさえ伝わらない私と言う形で明確に現れた。

 「ふっ…」

 そんなジェイクを追い詰める為に私は小さく息を吐いて、一歩を踏
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