―ジパングと言う地域では良薬口に苦し、と言う言葉があるそうですが…私にとって、それは口に苦いなんてレベルではありませんでした。
「…苦いです」
「はいはい。文句言わないの」
さっきから私の目の前でにこにこしている男性がそう言いました。彼の名前はマークと言い、この村唯一の診療所で薬剤師として医者の真似事もする男性です。生活感を相手に与える程度に切りそろえられた髪は澄んだ湖のような透き通る青をしていて、柔和そうなイメージを人に与えるタレ目からはくりくりとした赤銅の瞳が覗き込んでいます。全体的に人に優しいとか温和そうなイメージを与える人なのですが…その正体は意外なほど意地悪なのを、私はここ最近で身に染みて感じていました。
「この苦さは許容範囲を超えています。私は改善を要求します」
「それでも大分甘くしてるんだけどなぁ…僕としてはそれ以上は無理、と答えるしかないね」
笑いながらぎしっと木製の椅子に凭れ掛かって「うーん」と背伸びをするその身長は私より頭二つ分ほど高いかもしれません。一般的な男性から見ても長身なその姿は、純白の白衣と相まって、とても絵になっていると感じさせられます。
「うぅ…飲むたびに口の中、もがもがするんですよ…?」
白い陶製のコップになみなみと注がれている緑色の液体はお世辞にも美味しそうだなんて言えません。そして味の方も私の期待を裏切らず、口の含んだ瞬間、もがもが、と言うか、いがいが、な感じの苦さが口の中で弾けて、鼻には薬草独特の匂いが吹き抜けるのです。一口で嫌になってしまうのも仕方ないでしょう。
「怪我する君が悪い、って事でどうか一つ」
悪戯っぽそうに笑いながら私の『背中』に目をやる彼の言葉に、私は何も言えなくなってしまいます。そこには白い包帯でぐるぐる巻きにされて、見るからに痛々しい私の純白の翼があるのですから。
「君も早く治したいでしょ?」
「そ、それはそうですけれど…」
―けれど、こんなに苦いものを毎朝、飲まされるなんて…。
無論、薬剤師であるマークがそういうのであれば、これは早く治すのに必要な薬草からわざわざ作ってくれたのでしょう。その心は決して無駄にしたくありませんが…けれど…その…うぅぅぅう…。
「ちなみに他の患者はいないから飲みきるまで監視してるから」
「うぅぅぅ」
「まさか天使様が苦いから薬草茶も飲めない、なんて言わないよね?」
―そう。私は人間ではなく、天使。天界にいる主神様…私たちを作ったお母様に遣わされて地上へ降り立った天使なのです。
お母様の教えを広めるため、魔界にいる魔王を討つため、穢れた魔物を一匹残らず駆除するため、教会に降り立ち、軍を率いる象徴でもありました。…けれど、私が随行し祝福されていたはずの軍は敗走。私は魔界に取り残され…それから少しの記憶が吹き飛んでいます。はっきりと記憶があるのはボロボロになりながら天界に帰ろうとしても『道』は開かなかった頃からで…仕方なく私は教会へと戻ろうとしました。
―けれど、ようやく辿り着いたそこは私を殺そうとする人間が山ほど居る場所だったのです。
何故かは今も分かりません。私は天使である事を彼らは分かっていたようですし、そこで私に見られては困る不正でもやっていたのかもしれませんが、逃げるのに精一杯だった私にとって正確な理由が分かるはずもありません。まるで、目の敵にしている魔物と出会ったように私を追いかけて殺そうとする教会に…護り、祝福すべき彼らに傷つけられ、私の翼をはじめ多くの怪我をさせられてしまったのでした。
―そんな行き倒れ同然だった私を拾ってくれたのがこのマークで…。
信じていた人たちに裏切られ、人間不信にもなりかかっていた私の心を解し、身体だけでなく、心まで癒すように暖かく接してくれたのがこの優秀な薬剤師さんで…その、なんていうか、そんな風にされるとやっぱり…好意を持っちゃうのは仕方ないというか、その……。
「…ネリー?」
「ひゃ、ひゃいっ!!」
その時の事を思い出して真っ赤になっていた私の顔に薬剤師として不安に―怪我をした後は発熱などの症状が出るそうですし―なったのでしょう。私の名前を呼ぶ声に顔をあげると、心配そうに覗きこんでいるマークの顔がありました。
「い、いえ、なんでもありませんっ大丈夫です!」
「…そう?それならいいんだけど」
大丈夫、と言ってもやはり命を扱うプロとしては、私の顔の赤さは気になるのでしょう。言葉だけはそう言いつつも、じぃっと真摯な視線が私の顔に突き刺さるのが分かります。
―は、恥ずかしい…っ。
気恥ずかしさから逃げる為に私は手に持つコップに再び、ちびり、とだけですが口をつけました。その瞬間、私の顔を襲う苦さが
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