「−…だから…ね」
日が半分程、落ちて赤く染まった空の中に俺達はいた。正確には言うならそこはただの街の上にある崖であり、下に目を向ければ火がともし始めた街が目に入るだろう。しかし、当時の俺は本気でそこは空の中なのだと信じていた。
そんな場所で俺の横に座っている少女が一人。
赤い空の中、それにも負けてはいないブルーサファイアのような青い髪をショートにして皮の帽子を被っている。顔も何処か強気な面持ではあるものの、周りにいる少女と比べて掛け値なしに美少女である事は確かだ。実際、俺も最初はこの顔に騙されt…いや、何でもない。
服装は女の子が着るような服装…とは程遠い皮製のキュロットと白いシャツの上に黒いジャケットを羽織っている。まるで貴族の子が乗馬の格好で飛び出してきたような姿だが…俺はこの子の親が何をしているのかはっきりとは知らない。普段の強気な態度から貴族の子でもおかしくないと思ったし、もし、詮索して貴族の子だった場合、今までと同じような態度で遊べる自信が無かったからだ。
ま、それはさておき。
何時もの強気な態度―何かあるたびに「馬鹿!」だの「阿呆!」だの罵られていた。理不尽だ…―とはうってかわって何処か落ち込んでいるその姿に寂しさを覚えると同時に胸の苦しさを覚えた。なんだかんだと言いながら俺は普段の強気な彼女が嫌いではなかったし……もっとはっきり言うと間違いなく彼女が俺の初恋の相手だったからだ。
「私…帰らなきゃいけなくなったの」
その言葉にまるで鈍器で殴られたような衝撃を受けた事を今でもはっきり覚えている。「帰る」それは遊んでいる子供の中では普通の言葉だろう。日が落ちた。親が呼んでいる。御飯が出来た。etc…。しかし、それは俺たちの間では酷く重い言葉だった。―決して聞きたくないと俺が望んでしまうくらい。
「そ、そうか。でも、また来れるんだよな?」
明るく言う俺の言葉にも彼女は悲しそうに首を横に振るだけだった。タイムリミット―そんな単語が思わず俺の頭の中をよぎる。元々、時間制限がついている…そういう関係だったのだ。分かってはいたが、子供の俺にはそれを理解しても納得する事が出来なかった。
「何でだよ!またも来いよ!俺、他にもお前と遊びたい所が沢山―」
「私だってここにずっといたいよ!でも……」
そこで言いよどむ彼女の目に涙が浮かんでいるのにようやく気づき、ガキの俺はやっと事の次第と大きさに気づいた。彼女だって決してこの別れを悲しんでいないわけではない…それどころか俺より悲しんでいるのかもしれないという事に。
どうにかしたくて、彼女の涙を止めたくて何かを言いたかったけれど、俺たちはまだ子供で、世界にはどうにもならない事が沢山ある。それは大人になっても同じ事ではあるけれど、大人は諦める事が出来る。だけど、子供はどうなんだろう?まだ「どうにもならない」と諦める事も出来ず、無力感を受け止める事も出来ず、足掻こうにも何も出来ない。そんな子供の抵抗といえば……これくらいしかない。
「…じゃあ、俺ずっと待ってるよ」
「…え?」
「ここでずっとお前を待ってる。お前以外誰にも言わない。俺とお前だけの場所で、お前を待ってる」
何時か…そう。何時か遠い未来、『大人』の自分に夢を託すしかない。『今』は無理でも、『子供』であれば無理でも、きっと『大人』なら何とかなるはずだ。そんな風に希望を作って、自分を納得させるしか方法は無いんだと俺は思う。
「無理だよ…だって私―」
「無理でも良い。俺が勝手にやるだけだから」
しかし、それしか方法が無かったと思っていても…少し『大人』になった今は思う。―この選択はただの先延ばしでしかなかったんじゃないのかと。
無力感を後々へと分割で―それも諦めない限り永遠に―受け取っていくようなそんな負の遺産じゃないのかと、『大人』になった俺は脳裏をよぎってしまう。『子供』の時の俺のような一途さを失ってしまった、何処か薄汚れた『大人』の俺。その中にあるこの感情はきっと後悔なんだろう。自分でもわかっている。
―だからこそ、こんな夢を見るんだって言う事も。
「…貴方、やっぱり馬鹿でしょ」
「お前、最後までそれかよ」
少し何時もの気丈さを取り戻して、彼女は少し笑った。細い指で目じりの涙を拭い、呆れたような表情を作ろうとしているのが子供の俺にも見て取れる。…しかし、どうにも頬がにやけて上手いこといかないらしい。
「あーあ、貴方みたいな馬鹿。放っておけないじゃないの」
「お前みたいな強気女もな。そのままだと嫁の貰い手がなくなるぞ」
「大丈夫。私、貴方と違って可愛いからきっと引く手あまたよ」
何時ものやり取り。何時もの会話。
でも、確実に『何時もの』ではないと『子供』の俺も分かっていた。
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