レッドスライム・スープ

「はぁ…今日はこれだけか…」

夕暮れ時。
ひとりの男が、朱色に染まってきた斜陽を浴びながら、
レンガ造りの家が並ぶ通りを歩いていく。
その身なりはお世辞にも良いものとは言えず、
ボロに近く色の褪せた服は、所々穴が空いたままになっていたり端が擦りきれたりしている。
髪はボサボサと生え放題になって手入れがされていないことが見てとれ、その表情はどこか
やつれているようでもあった。

そんな彼の手には人参を始め、いくつかの野菜の切れ端が握られていた。
それは何件かの料理店や家庭を回って手に入れたものだ。
そう、彼は物乞いをして生活をしていた。




彼は生来から乞食だった訳ではない。
それどころか、この街の名門貴族の末席に名を連ねる家系の長子であった。
貴族の一人息子として大切に育て上げられた彼は、その家の名に相応しい青年へと成長した。
しかし、大切に育てられた故に世の中を知らなかった。
両親を流行りの病で亡くしてしまうと、途方にくれた彼は毎日を泣き明かした。
その悲しみを粉わせるかのように、彼は賭け事の類いに執心していった。

トランプ、ルーレットとやれるものなら何でもやった。
世間のことに対してまったくの無知であった彼は賭け事をただの享楽としか受け取れなかった。
金ならいくらでもある。勝ったら勝ったで金は増えるし、負けたとしても損失は大したことはない。
そうして彼は一進一退の興奮にさらにのめり込んでいった。
いいカモにされているとは知らずに。


気がつけば山のようにあった両親の遺産は底をつきかけていた。
そこで諦めていたらよかったものを、しかし止めようとはしなかった。
彼は負けず嫌いだったのだ。
周囲の反対を押しきり、いままで負け込んでいた分を取り返そうと躍起になっていた。
それだけならまだよかったのだが、家の土地の権利書まで持ち出したのがいけなかった。
当然のごとく賭けには負け、あっという間に名門貴族の名は地に落ちていった。



そして、今に至る。
豪奢な屋敷住まいは、狭い裏通りでの生活に様変わりし、柔らかなベッドの代わりに固い石畳の上で寝なくてはならなくなった。


「慣れてきたとはいえ、やっぱり屋敷の方がいいよなぁ…」

貧困街を歩きながら、男は一人呟く。

「せめて並の生活ができればいいんだが…」

しかしその願いは当分のところ、叶いそうになかった。
観念したようにひとつ息をつくと不意に空腹が思い出され、
一先ず今現在の飢えを満たすためにも自分の住み処へと足を早めるのだった。










「………ん?」


先程からいくらかの距離を歩き、もうすぐ寝床としている場所に着くところまで来てあるものが
目に入った。
それは裏通りへと続く道の前、つまり男の住み処の正面に落ちていた。

「なんだこれ?」

近づいて見てみると、その様子がよく分かる。
朱色でぷよぷよとした半透明の塊が水溜まりのように一ヵ所に集まっている。
中央の部分が少し盛り上がっていて、よく見るとそれは少女の形をしており、意識はないが
時折ピクピクと動いているようだった。
男はこれが何なのかすぐに合点がいった。

「なんだ……レッドスライムか」

レッドスライム。
他の魔物と同様に魔王が代替わりしてから女性の姿をとるようになった不定形の魔物である。
人も魔物も自由奔放に暮らしているこの街ではどんな魔物がいたところでさして驚かれはしないが、それでも魔物が道端に倒れていたら大抵の人は驚く。
男の声が残念そうなのは、我が家の前に落ちていたそれが食べ物であることを期待していたからだった。

「いや、待てよ…」

ふと男は顎に手をあて、朱色をした半透明のそれをしげしげと見つめる。
その眼に写っていたのは魔物でも少女でもなく、ゼリー状の『食べ物』だった。

「これ、食えるんじゃないか…?」

人間、極限状態になるととんでもない考えを起こすものである。
そして図らずも彼もそんな人間のひとりだった。
レッドスライムを見てお屋敷で生活していたころに飲んだオニオンスープでも思い出したのだろうか。
正直、魔物が美味しいかどうかは分からないが、住み処の前に魔物が倒れているという状況でそれを食べようと考えてしまうほど彼は空腹だったのだ。


「ちょっとくらい……いいよな……?」


その時の彼の目は異様な光を放っていたそうな。












「うぅん……あれ?……ここは……?」


ふと、何か息苦しさを感じて私は目を覚ました。
徐々に意識が戻ってくるのを感じる。
しかしぼやけた視界に入るのは暗闇だけ。
今どこにいるのかまったく見当がつかなかった。

「たしか私は……そうだ、お腹が減って気を失ってそれで……」

道端で倒れた、はずだった。
その後どうなったのか覚えていな
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