とある親魔物の国の、とある地方に、美しく穏やかな自然の緑と、同じく穏やかでやわらかい空気に囲まれた屋敷がある。
この屋敷は、この地方を治める領主の屋敷で、飾り気が少ないながらも、周囲の風景と相まって荘厳な雰囲気をかもし出している。
だが突如として、その雰囲気を打ち崩す様な高い大声が屋敷を揺らす。
大声を聞いた屋敷に仕える従者達は一瞬仕事の手を止めるものの、何事かと驚いたり慌てふためいたりする事は無く、一様に“またか”と言った表情をすると、すぐに何事も無かったかの様に各々の仕事に戻る。
何故ならこの大声は日常的な事で、一々気に留めていても仕方が無い事を知っているからだ。
そんな従者達の中、一度では鳴り止まない大声を聞いた一人の長身の男だけは、他とは違いうんざりとした表情で溜息とぼやきを一つ付く。
「いい加減にしてくれ……」
男は両手に抱えていた荷物を手近な場所に降ろすと、大声のする方へと全力で走り出す。
屋敷の廊下に飾られる調度品は、どれも高級な品物だと一目で分かる物ばかりで、外面の荘厳さが張りぼてでは無い事を物語っている。
だが昼間だと言うのに、廊下の窓の全てに陽の光を遮るカーテンが下ろされ、代わりに魔力の火で照らされているが、本物の陽の光に比べれば頼りなく、少しばかり不気味である。
そんな廊下の中を男が駆け抜けている間も、大声は鳴り止む事をせず、それどころかますますと大きくなっていくのは、男が声に近づいたからか、それとも声の音量が更に増したからか。
答えは、その両方だ。
「ギリー! ギリー!! どこにいるの?!」
何枚も壁を隔て、まだそれなりの距離もあると言うのに、まるで耳元で叫ばれている様な大音量。
ギリーと、廊下を走り続ける男の名前を呼ぶ女の声が、幼子の様なの高い音程の声だと言う事も要因だろう。
声の主がいる部屋の前へと辿り付いたギリーは、それなりの距離を全力で走った事で少しばかり上がった息を整えると、長身の自分よりも大きく厚い扉を三回叩き自分の名を告げ到着を知らせる。
この大声の中で聞こえるかどうか少しばかり不安になるが、ノックの音を聞いて、声はピタリと収まり、入りなさい”と言う先ほどの声と同じながらも、ぐっと音量の下がった返事が聞こえてくる。
「……失礼します」
「おそいわ!! なにをやってたのです!?」
扉を開き、おずおずと部屋へと足を踏み入れたギリーを迎えたのは、今まで以上に大きな、文字通り爆音とも呼べる声。
ギリーが鼓膜に痛みを感じる程の大声の主は、煌びやかなドレスを着飾った、一見すると人形と錯覚してしまう程に小柄な少女だ。
まだ十にも満たない、一体何処からあの様な大声が出ているのか、不思議に思える程に華奢で可憐であった。
「申し訳ありません……ローズ様」
「そうおもうのでしたら、もっとはやくいらっしゃい! しゅじんをまたせるだなんて、ぶれいですわ!!」
ギリーは自分が全速力で、それも期限を決められた仕事を取りやめてまで駆けつけた事を弁明せず、ただ黙ってローズと呼んだ少女の叱責に耐えている。
例えローズがギリーの事情を知ったとしても、考えを改めたり、彼を労わったりする事は無いのを、ギリーは十分承知していてる。
それは彼女が冷酷だからではなく、見た目相応に……いや、この地を治める領主の一人娘として生まれ、蝶よ花よと大切に育てられたせいで、他の同年代の子供以上にわがままに育ってしまった結果だ。
「……それはよしとしましょう。ギリー、わたくしのどがかわきました」
「あの、ティータイムにはまだ早い……」
「わたくしがティータイムと言ったら、じかんなんてかんけいないのです!」
「……分かりました」
ギリーはシャツのボタンを上からいくつかを緩め、首筋を露出させると、ゆっくりと片膝を付いて首筋をローズの顔の位置まで下げる。
彼の首筋には、いくつかの、見る者に痛々しさを覚えさせる傷跡が存在しているが、ローズはその事を気にする様子は無い。
「いただくわ」
ギリーの首に両手を回し、抱き付く様な体勢は、身長の差もあって父親や兄にすがりつく子供の様に見える。
だが実際はそんな生易しい物ではないのは、ローズがギリーの首筋に、人間にしては不自然に鋭い牙を突き立てている事から分かる。
ローズがギリーの首筋の傷跡を見ても何ら気にする事が無かったのは、その傷跡を付けたのは他ならぬ自分であったからだ。
立てた牙を沈めて肉を突き破り、その下に存在するやわらかくデリケートな血管を切り裂き、本来あってはならない出血を促す。
皮膚に空いた小さな穴から湧き上がって来る血液を、ローズはまるでキスをするかの様に傷口もろとも口に含め、その小さな舌で血を掬い、唾液と混ぜて喉を潤
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