FAKE

 旅の道中で急な雨に降られる事は多い。なので雨具の備えは当然してある。
 だが取り急ぎの用でもなければ、悪天候の中を無理して進む必要はない。
 もしも近くに天候の回復を待つのに適した場所があるなら、そこでやり過ごすのも手だろう。
 そして幸運な事に、街道を歩く俺達のすぐ近くに、そんな場所が存在していた。

 街道を少しそれた林の中に、石造りの小さな屋敷が建っている。
 窓ガラスが割れ、外壁は周囲の自然に侵食されている事から、長い間手入れがされていない、つまり廃屋である事が窺える。
 廃屋と言うが、壁が崩れていたり、穴が開いていたりといった目立つ様な損壊はなく、状態は良い方だと言える。

 きしむ扉を開けて中に足を踏み入れた俺達を迎えたのは、埃のにおいが鼻に付く、荒れた礼拝堂だった。
 この建物は、かつて主神教団が巡礼者の一時の宿として築いた物だ。
 在りし日は信者達によって清潔と荘厳が保たれていたであろうこの場所も、教団がこの地から駆逐されて以降は手入れをする者が不在となり、当時の面影は見受けられない。
 そんな廃屋の中で、この様に保存状態は悪くはない物は、俺達の様な旅人が、今日の様な雨風を凌ぐための避難場所代わりとして使っている。

「ふぅん……これが主神教団の建物」

 それほど珍しくもない建物だが、どうやら隣にいる彼女は違うらしい。雨具を片付けながら、礼拝堂の内部を見渡している。
 この地方……いや、この大陸全体を見渡しても特異な衣装を纏う彼女は、はるばる東のジパングから海を渡ってやってきた刑部狸と言う

魔物の少女で、名前はキサラギと言う。
 彼女を連れて教団関連の施設に立ち入るのは、そう言えば初めてか。
 主神教の力の及ばないジパングに生まれた彼女は、一体どんな気持ちで、この礼拝堂を見渡しているのだろうか。
 表情からは本心を窺う事は出来ないが、何となく、俺の様な無関心ではないと思う。

「なに? さっきからジロジロと……」

 どうやら知らず知らず見つめていたらしい。キサラギの目がジトッとした物となり、かつ普段よりも重い声色となっている。
 こう言う場合、機嫌が悪い方向へと向かっている前兆だ。
 不躾にジロジロと見つめられれば、不機嫌にもなるのも当然か。
 他意はない、視界に入ったからつい、などと言い訳を並べ謝る俺の姿に、言外に呆れたと溜息を付く。

「馬鹿ね。言い訳になってないわよ」

 刑部狸と言うのは、陽気で愛想の良い性格をした種族らしいが、彼女の様な辛辣な性格をしている者もいる様だ。
 もちろん、商売をしている時は愛想よく接客をしているが、俺に対しては今の様に無愛想だったり棘のある物言いをする事が多い。
 かと言って根暗だったり陰険だったりと言う訳ではない。商売の時には明るい顔で接客をするし、商売に対する情熱は本物だと思う。
 個体差と言ってしまえば簡単だが、それで説明出来る程、簡単ではないと思う。

「考え事をするなとは言わないけど、いい加減にしないと、またヒドイ目を見るわよ」

 彼女の言う様に、俺は一度考えに耽ると、さっきの様にボーっとしてしまう事が多い。
 所構わず、歩いている途中でも考えに耽って、それが原因でトラブルになる事も少なくない。
 気が付けば物思いに耽って、周囲の流れから置いていかれたり、うっかりの原因になったりしている。
 つい最近も考え事をしながら街中を歩いていたら、前から来たサキュバスとぶつかって、色々と大変な目にあったばかりだ。
 キサラギのとりなしてくれなかったら、どうなっていた事か。
 誰からも指摘される、矯正しなければならない欠点なのは分かってはいるのだが、どうにも上手くいかない。

「私は先に奥で休んでるわ。考え事は早めに終わらせてね。ドゥーエ」

 最後に俺の名を言い残し、彼女は礼拝堂の先にある宿泊施設へと向かった。
 言ってる傍からやらかし、二度ある事は三度あるを実践してしまった。今さら気に病む事もないけど。
 気を取り直して外の様子を窺いに出る。
 空は見渡す限り雨雲に覆われていて、一時間や二時間では天候が回復しそうにはない。雨が止んだら、その頃には夜の帳が落ちているだろう。
 今日の月は三日月だから、視界も良くない。この辺の地図は持っているし、街道周辺の情報も頭に入っている。
 比較的治安の良い場所だが、それでも危険が存在しないわけではない。不測の事態に直面する可能性もある。

 自分一人の時ならともかく、今はキサラギを連れている。彼女は魔物とは言え行商人でしかないし、それに女性だ。
 無理をさせる訳にはいかないし、護衛対象を危険な目に合わせるなど本末転倒だ。
 身を守る術は心得ているが、キサラギを守る片手間にトラブルを処理しきる程の技量はない。

 何で俺なんか
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