約束

深い深い森の中……僕はその森の中の小屋から窓を見ていた。
見えるのは樹…樹…樹…
だけど、快晴の時には奥に湖が見える。

窓の奥の景色を見る…それ以外にする事がなかった。

「マスター……どうしたのですか?」

そんな僕に声をかけてくる女性…

「なんでもないよ…カティア…」

女性…カティアは僕に紅茶を淹れてくれた……だけど僕は飲まない…
景色をみるだけ……

「………」

カティアは紅茶を淹れたばかりのカップに口を付ける…
いくらか啜ったあと…その口を僕に近づけてきた。

「む…くちゅ…」

カティアは僕に口付けをする…だけど、唾液を交換するなどそんなことはしない。
ただ、彼女が口に含んだ紅茶が僕の口の中に入り、それを嚥下する。

「美味しいですか…?」

「……うん」

一言返事をしただけで、僕は景色を見たままだった。




景色を見る以外にする事がないというのは少し語弊だったかもしれない。

僕は、景色を見る事以外にできる事は、もう指で数えるほどに減っていたのだ。
首から下は感覚はあれど、まともに動かす事もできない…

歩いて数歩で息を切らしてしまう。

椅子を持ち上げられない。

何もしていないのに時々体中が痛む。

目の前にいる僕の世話をしてくれる恩人に首を傾ける事さえも僕にとっては難儀な事になってきた。

「そのままにしてください……マスターの御体は…」

「自分が一番分かってるよ…」

僕はただ、ここで生きているだけ。
ただ何の意味もなく生きる。

「カティア…僕はもういいからさ。自分のやりたい事とかしなよ…湖の管理だってあるだろうし」

「マスター……」

ゆっくりと彼女の方を見た…骨が軋むように痛む。
そうすると……カティアはまた僕に唇を寄せた…

「いいのです…私の全ては貴方のため……」

また、僕の口に何かが入ってくる……今度は紅茶ではない…
カティアは僕に魔力を分け与えていた。

ピクッ…いままで冷えたように感じた指先が動く…だんだんと熱さを取り戻していく…

「君はどうして…そうやって魔力を僕に送り返すんだい?」

僕が何度もした問い…それに彼女はいつも通り微笑む。

「マスターの無事は私の幸せ……例え、この体が朽ちても、貴方が生きていれば私は何もいりません…」

もともと、今カティアがくれたのは僕の精を変換してできた魔力だ。こんなことを毎日のように続けている。
そのため、彼女の魔力は増えることはないし…彼女自体が汚染されることもない。

その汚染された魔力は全て僕の中に入っていく…だが、不思議とインキュバスになる事はなかった。







これも…『呪い』とやらの効果だろうか……









僕の住んでいた村には風習がある。
それは、百年に一度、神様に村の人間を生贄に捧げるというものだ。
要は台座の上で人間を殺せばいい。それだけで良い。

その恩恵は村に恵みをもたらす……もし捧げる事が叶わなかったら…災厄が起こる。
そんなチープな風習だった。
そして、その供物となったのは僕の妹……
家族は仕方がないと言って心を決めていた。でも僕はそんな風習なんてクソ食らえだった。

妹を連れて逃げ……村の儀式は失敗に終わる。
異変はすぐに起こった。村は大地を揺るがす地震によって破壊され、妹は僕の手から離れ、地震に巻き込まれてしまった。

僕は一人取り残され、悲嘆に暮れる…その僕にも、災厄が降る。
簡単に言えば…呪い。

どうやら、僕の魔力を強制的に消費させると言う呪いだということが体感でわかった。
人間は魔力があれば通常より長生きができる…じゃあ逆は?
魔力を極限以上に放出され、まともな長さの寿命ではなくなる…?

自分の予測だから合っているかは分からない。だが、実際に体は重くなっていく…年をとるとはこういう感覚なのだろうか…
僕の体に変化はないが、その体は確実に蝕まわれている。

死を待つしかない…そんな時、僕はカティアに出会った……







ともかく…彼女は衰弱しきった僕のどこを気に入ったのか分からないが、今こうして彼女は僕の世話をしてくれている。あれから一ヶ月経っているが、僕はまだマスターと呼ばれる事に抵抗を感じていた。

魔力とは違う、生体エネルギーである精を僕が与え、彼女が魔力に変換し、僕に送り返す。そうすることで僕は生きる事ができた。
多分、インキュバスにならないのはこの呪いにより、僕がインキュバスになる前に汚染された魔力さえも消費されているからだろう。

「体……動かせますか…?」

彼女が魔力を送ってくれた事により、僕の体は血が通ったみたいに動かすことができた。

「大分楽になったよ…ありがとう」

例え魔力を与えられても、僕の体は衰弱していることには変わりない…
楽に動くようにな
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