僕がその夢を抱いたのは、一体いつ頃の事だったろうか。
それはもう遠い記憶の彼方に過ぎ去り、思い出すことはできないけど――。それを夢見た理由なら、今もありありと思い出せる。
彼女と同じ景色が見たかったのだ。
僕には幼馴染がいた。友達と呼ぶにはあまりに親しすぎ、かといって恋人かと問われれば、そういう訳でもなく。それでも、僕と彼女は長い時間を一緒に過ごした。
彼女は人ではなかった。翼があり、角があり、鱗と尻尾が生えていて、堅固な甲殻を持っていた。
彼女は空を飛べた。自由自在に、美しく。まるで天空を舞うように、小鳥たちと舞うように、空を飛べた。
もちろん、飛竜である彼女にしてみれば僕一人分の重さなんて大したことはない。頼めば"私はお前の馬じゃないんだ"とかぶつぶつと文句を言いながらも乗せてくれるだろう。
僕が彼女に乗せてもらって空を飛んだのは、最初の一度きりだった。一度で十分だった。
落ちれば間違いなく死ぬ高さ。人の身では望み得ぬ覇者の頂。全てを見下す王者の視線。
僕はそれに惚れ込んだ。ずっとこれを味わっていたいと思い、また望むときに空を舞える彼女のうらやましく思った。同時に、空に憧れる自分自身に恐怖した。
飛ばなければ良かった、と僕は思った。そして、飛べて良かった、とも僕は思った。
ああ、きっと、この時だろう。僕が"空を飛ぶ"という夢を抱いたのは。その時から、僕はあの大空の虜になってしまったのだ。
その日から、僕は空を飛ぶにはどうしたらいいかを常に考えてきた。
そして今。僕は、あの大空へ羽ばたく翼を手にしようとしている。
◆◇◆◇◆
「なあ、やっぱり無謀だろ。こんなガラクタで空を飛ぶなんて」
「いいや、きっと飛ぶさ。飛ぶように、僕が造った」
僕がそう答えると、彼女はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
そんな彼女は、その立派な翼をだらしなく投げ出し、草原に寝転んでいる。緑の草と彼女の鱗の色が混ざり合い、彼女の綺麗な柔肌が否が応にも目に入った。
僕はそんな彼女から意思の力を振り絞って目を逸らし、手製の翼へと向き直る。
そこにあるのは、お世辞にも美しいとは言い難い、武骨なフォルムの物体だった。幾枚も組み合わされた板、不恰好にそれを支える柱、固定され、羽ばたくことのない翼。
一目見ただけでは、誰もこれがなんの用途に使われるのかわからないだろう。ましてや、人の身で空を飛ぶためのものだとは――誰も思うまい。
「ねえ。僕は明日、これに乗って飛ぶよ」
「………」
「きっと飛んでみせる。だからさ、その時は――」
一緒に飛ぼう、とは。まだ口に出せなかった。
彼女は僕の言葉を聞いていたのかいないのか、草原に身を投げ出したままそっぽを向いている。
でも、きっと聞いていたのだろう。
それを裏付けるように、次の瞬間、彼女は口を開いた。
「お前はどうしても空が飛びたいのか?」
答えの決まりきった問い。
きっと彼女も、その答えをすでに知っている。
「うん。もう一回、僕はあの大空を飛びたいんだよ。無謀だって、そんなことは知ってるけど……」
「なら――」
私が連れて行ってやる、とその眼は言っていたように思う。
けれど、そうじゃない。彼女に乗せてもらって飛ぶのでは、意味がないのだ。
「僕は、僕の力で飛びたいんだよ」
「――っ」
わかるかい? と僕は続ける。
自ら作り上げた手製の翼を、ゆっくりと撫でながら。
「僕には君のような翼はない。でも、でもさ、それが僕が空を目指さない理由にはならないでしょ?」
「……」
「確かに、体一つで飛ぶなんて無理な話だよ。でも、僕にはこいつがある。この翼が、僕をあの空へ連れて行ってくれる」
武骨で、不恰好な僕の翼。きっとそれは、彼女のあの力強くも美しい竜の翼に遠く及ばない。
それでも、羽ばたけない翼でも、人は空を目指すのだ。
きっと飛べると、夢を託して。
「……なあ。どうしても、私じゃダメなのか?」
気づくと、何故か彼女は泣きそうな顔をしていた。
いつも強気で、勝気な性格の彼女がそんな顔をしたのは、一体いつ以来だろうか。
「空なら、いつだってそこにあるじゃないか。お前が望めば、いつだって私はお前を空に連れて行ってやれるんだ。青空にも、曇天にも、嵐だって、きっと」
そんなガラクタに頼る必要は無いだろう、と泣きそうな声で彼女は言った。
「……。ごめんね。でも、これは僕の翼だ。君の、借り物の翼じゃ、ない」
ねえ。僕は明日、これに乗って飛ぶよ、と繰り返した時の彼女の顔を、僕はきっと忘れないだろう。
「……勝手にしろ」
捨て台詞と共に、巻き起こる突風。その途端、蹴飛ばされたように加速して、空を舞った彼女の姿はどこかへと消
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