「あらイロハ。おかえりなさい」
風呂上りらしく、上気して赤みを帯びたすべすべした柔肌をバスタオルに包み、居間のソファに座っていたミレニアは、足を組み替えつつそう言った。濡れてしっとりした髪、水気を帯びた肌、体に張り付いてその輪郭を浮かび上がらせるバスタオル。脚を組んでいるせいもあって、今の彼女はこの上なく煽情的だった。
彼女本人は意識しているのかいないのか、風呂上りの水気を帯びた肌とバスタオル一枚という組み合わせは、健全な少年であるいろはには少々刺激が強い。
「ああ、ただいま」
思わず見入ってしまいそうになる胸の谷間やあちらこちらから、意志力を総動員して視線をそらすいろは。
しかし、いろはとしては必至で押し隠したつもりだったのだが、どうやらミレニアにはバレバレだったようだ。いつも彼女が浮かべている笑みが、より深くなったのが分かった。
まだ大人とはいかないものの、何もかも明け透けな子供ではない……少なくとも自身をそう思っているいろはにとってそれはあまり面白いことではなかったが――同時にいろははミレニアの前ではどんな人物だろうと赤子同然に思考を丸裸にされてしまうことも知っていた。
「ふふ、隠す必要は無いのよ? イロハが望むなら褥を共にすることだって厭わないわ」
いろはの感情も、ミレニアには手に取るようにわかるのだろう。冗談めかした物言いも、それゆえの彼女の気遣いなのだ。
少なくとも、ミレニアとのじゃれ合いに似た軽口の応酬は、不思議と嫌ではなかった。
「誰がするか! 俺たちにはまだ早い! あと早く服を着ろ!」
「もう、つれないのねぇ……」
他愛もない雑談の合間に制服から私服に着替え、カバンなどを片付けるいろは。できればこのまま熱い風呂に入りたいところだったが、それより急を要する要件が残っていた。
なおも蠱惑的に笑い続けるミレニアに向き直り、真剣な表情で告げる。
「……なあ、ミレニア。まじめな話なんだが」
そのいろはの声色の変化を耳ざとく聞きとったミレニアは、深い血色の相貌をすっと細める。
たったそれだけで、先ほどまでは無防備な少女だったはずの彼女が表現しえない妖しさを帯びるのは、やはり何度見ても慣れるものではない。
ミレニアもまた――今日の帰り道に出会った女性と同じ存在なのだと、改めて思い知らされる。
もっとも、ミレニアが悪魔だろうとなんだろうと、いろはに選択肢は無いのだが。
「今日の帰り、不思議なひとに会ったんだ」
「――詳しく聞かせてもらおうかしら」
そう言ったミレニアの瞳は、確かに堪えきれない愉悦の色を含んでいた。
◇◆◇◆◇
「いろは先輩。お待たせしました」
「ああ、別に待ってないよ。俺も今来たところだし。悪かったな、無理言っちゃって……」
「いえ、私が今日が良いって言ったんですし……」
待ち合わせ場所でいろはが待っていると、約束の時間のきっかり5分前に渚がやってきた。今日も服装はおとなしめで清楚な装いだったが、この前に比べると若干胸元が開いていたりと、少し大胆さも垣間見えている。
持っている荷物は小さなカバンだけで、それも肩からかけているので両手は自由だった。いろはも渚のことを詳しく知っているわけではないが、なんだかいつもよりもずいぶんと活動的な気がした。
「……? どうかしましたか? いろは先輩」
その小さな違和感が気にかかって、無意識に渚に視線をやっていたせいだろう。渚が小首をかしげて問いかけてきた。
その言葉にいろはは自分のしていたことに気づき、あわてて手を振るようにして弁解する。
「あ、ああごめん。不躾だったよな」
「いえ……不思議そうな顔をしてたので…」
「……いや、なんかいつもより活動的だなって思ったんだよ。この前よりもちょっと元気っていうか……。あ、いつもは元気が無いってわけじゃないぞ?」
いろはがそう答えると、渚は少し顔を赤らめ、
「あ、ありがとうございます……」
「いやいや、お礼を言われるようなことは言っちゃいないさ……」
いろははミレニアという規格外の存在が常にそばに侍っているおかげで誤解されがちだが、女性経験が豊富というわけでは全くない。むしろ彼自身は奥手で、異性との接触は苦手な部類に入るだろう。ミレニアや渚と普通に会話をこなせるのは、彼女たちがいろはにとって友達としての距離が近いからに他ならないのだ。
そんないろはのこと。少しでも会話が途切れれば、容易に次の話題を見失ってしまう。そして、奥手なのは渚も同じなのであった。
「………」
「………」
ちらちらと互いの顔を窺いながら、赤い顔で次の話題を模索する二人の姿は、甘酸っぱい初デートの様子そのものだった。
「せ、先生遅いよなー。早く来てくれればいいのに……」
「……来てはいたとも。ただ少年少女たちの初々
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