Do you have a lamp?

 今年の収穫を終え、冬耕作の準備までは各々のつかの間の休息を過ごす、私たちの村。
 大人たちはそれぞれ酒場で労をねぎらい合い、子供たちは昼間から村の周りを駆けて遊ぶ。
 楽しい時間。しかし、それゆえに過ぎ去ってしまうのが恐ろしくもある時間。特に、村の子供たちの中でもほとんど最年長といっていい私たちは、楽しさと同時に一抹の寂しさも覚えていた。
 体が大きくなるにつれ、迫ってくる「子供」からの卒業。私たちがこうして無邪気に外を飛び回っていられるのも、今年が最後なのだろう。
 年が明ければマルスは畑を持ち、私やメリー、アイリは家の中で家事に追われる日々が待っている。そんなことは、子供ながら簡単に想像がついた。
 そして、そう遠くない未来。マルスはお嫁さんを貰い、私たちはそれぞれどこかに嫁ぎ、そこで新たな日々を過ごすのだ。
 もちろん、それも一種の幸せだということは分かっている。辺境の村の中には、いつ戦火に飲まれてもおかしくない村や、あっという間に魔物の軍勢に飲まれてしまった村もある。そうした村々に比べれば、何気ない日常を当たり前のように享受できることは、この上ない幸せだ。
 しかし、それでは納得できない部分があるのもまた、確かなことなのだ。
「おーい。おーい、アンジュ。どうしたの? アンジュ」
「………。あら、どうしたの? マルス」
「どうしたの、じゃないよ。さっきからどこか遠くをぼーっと見つめて。どこか具合でも悪いの?」
 一人、草原に寝そべって物思いにふけっていると、心配してくれたのかそばにいたマルスが私に声をかけてきた。慌てて、しかしあせりを押し隠して私は彼に答える。
 マルスは黒い髪に黒い目を持つ、中性的に整った顔立ちを持つ細身の少年だ。これでいて力はなかなかに強いのだが、まるで少女のように華奢で細身な体つきをしている。
「あら、ありがとう。心配してくれたの?」
「そりゃ心配するさ。この村からお医者さまのいる町まで、馬で一刻はかかるんだよ?」
 マルスは、本当に大丈夫? と寝転んだままの私の目を覗き込むように顔を近づけてきた。彼の黒曜石のように澄んだ黒い眼と、至近距離で目が合う。
 性格は穏やかで、物腰は紳士的。言動にはわずかな幼さを残すものの、それも十分かわいさに分類されるものだ。衛士たちの詰め所で剣を習っているらしく、既に下級の魔物ならば一人で相対することができる程度には剣を修めているらしい。
「……ん、大丈夫みたいだね。つらくなったらひどくなる前におじさま達に言うんだよ」
 そう言って、マルスは私から顔を離した。
「子供じゃあるまいし。平気よ。自分のことは自分が一番よく分かってるわ」
 マルスが顔を離したことに安堵しつつ、少し残念に思いながら私は答える。
 マルスは優しくて力持ちで、奢ったところの全くない本当によい少年だが、あえて一つ欠点を挙げるとするならば、それは――。
「マルスー! ちょっと来てー! 木に帽子が引っかかっちゃったのー!」
「ああ! 今行くよ! ……じゃあ、ちょっと行ってくるよ。アンジュもおいで」
 誰にでも優しい、ということだ。
 すべての人に等しく優しさを持って接することができるのは、一見彼の美徳だ。もちろんそれが美徳として見なされる場合も多いだろう。私だってそれが彼でなければ、その人物を賞賛したはずだ。
 しかし、私が彼に思いを寄せているとなれば話はまったく別。その瞬間、その美徳はあいまいな笑みで好意を受け流す悪徳へと変わるのだ。
 今も彼は、少し離れた位置にいるアイリの呼びかけにすぐさま答えて走り出そうとしている。
 もちろん、呼んだのが私であったとしても彼はすぐに駆けつけてくれるだろう。しかし、それは誰であっても同じということなのだ。私が彼の特別だから、ではない。
 彼の中で特別でありたい。そう思うと、私の心は少しだけ、叶わぬ想いに痛んだ。
「ん……私はいいわ。もうちょっとここで、空を眺めてく」
「そっか。じゃあ、本当に風邪を引かないようにね。まだ冬は先だけど、今年は冷えるから」
「……私の事はいいから、早く行ってあげなさい。アイリがまた泣き出すわよ」
 その言葉に、おっと、と駆け出すマルス。その姿に、また心が締め付けられるような痛みを覚える。
 私はいつもこうだ。そばに居てほしいという本音を悟らせないために、あえて強がりを言ってしまう。本当はその本音に気づいて欲しくて仕方がないはずなのに、いつも、いつも。
 彼がこれっぽっちも私に気のあるそぶりを見せないから、どこかで意地を張ってしまっているのかもしれない。
「はぁ……素直になれないなぁ……私」
 空を見上げ、アイリのために木に登るマルスを視界の隅に収めながら、私は一人つぶやくのだった。

     ◆

 仕事を免除され、冬耕作が始まるま
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