period 6

 澄み切った青い空。涼やかな風が制服の裾を揺らす心地よい朝に、いろはは目の下に大きなクマを付けて通学路を歩いていた。
 夏服の白いカッターシャツから覗く腕には無数の絆創膏や包帯が巻かれ、目の下のクマの凄惨さを際立たせている。
 普段はごくごく普通の平凡な学生に過ぎない彼も、この日ばかりは道行く人々の注目の的だった。
「ねぇねぇイロハ、みんなイロハの事見てるわよ。今頃イロハの魅力に気付いたのね」
「……ミレニア。お前はこっちに来て日が浅いから知らないと思うが、あれは日本では『哀れみの目』って言うんだ」
 いろはが注目を集めていることを、まるで我が事のように喜ぶミレニア。
 傷だらけのいろはと違って、彼女の白い肌には傷ひとつない。
 決闘などという、現代日本ではまず行われないであろう時代遅れの蛮行に手を染めたのはいろはなのだから当然といえば当然なのだが、それを仕組んだのが目の前の少女であることを思うといろはは少し釈然としないものを感じる。
 もちろん、いろはとてミレニアに怪我を負ってほしいわけではないのだが……。
「あら、私の知ってる言葉だと『羨望の眼差し』とか『憧れの目』とかだけど、間違って覚えたのかしら」
「……感受性の問題だな」
 寝不足なのか、少し青白い顔でかぶりを振るいろは。
 しかし、その口元には既に、いつもの笑みが戻ってきていた。東京の命運をかけた激戦から数時間。
 戦いが終わった後も緊張した表情を崩さなかったいろはが見せた笑みに、ミレニアはより一層の笑みを向ける。
「だってそうよね。その傷は竜と戦って得た傷……言わば勲章よ? しかも、逃げて背中に受けた傷じゃなくて、立ち向かって胸に得た戦傷でしょう? 道行く人々が見惚れるのも仕方がないわ」
「まあ……な」
「それに、あの最後の技……ニファに止めを刺した技って、噂に聞く"ジュードー”よね? "ケンドー”と対を成すと言われるジパングのマーシャルアーツで、極めたものはまるで魔術師の如く重力を操るっていう」
「何だその残念すぎる情報は。アレは確かに柔道の技……の真似っこだが、あんなのまぐれも良いところだぞ」
 昨夜の決戦。東京の命運を賭した少年と竜の対決は、少年の勝利に終わった。
 決め手は咄嗟にいろはの放った一本背負いで、背中からしたたかにコンクリートに打ちつけられたニファは時間にして数秒、意識を失ったのだ。
 柔道は武道であって、武術ではない。これは剣道にも言えることだが、武道というのはスポーツなのだ。平等な条件で、限られたスペースの中で己の武を競う。柔道であればコートは畳敷きで、技をかける側も相手を慮って思い切り投げるような真似はしない。
 しかし、いろはが用いたのはそんな生半可なものではなかった。ニファが気絶で済んだのは、ひとえに彼女が竜だったからだ。もし人であったなら、頭を割って死んでいてもおかしくはない。それ程の事をいろははした。
 受け身という技術を知らない娘を、薄いタイルの貼られたコンクリートの床に何の容赦もなく叩きつけたのだ。いろは自身、鈍い音をさせて地面と激突し、動かなくなったニファを見てやり過ぎたと思ったほどだ。また同時に、もうこの方法しかないという考えももちろんあった訳だが。
 それ故、その数秒後に早くも脳震盪から立ち直り、ふらつく足で立ち上がったニファにいろはは真剣な恐怖を覚えた。
「たまたま悪あがきで試した技がまぐれで成功して、たまたまニファがその対処に失敗しただけだ。しかもそれでアイツは起き上がってるんだから、あれは俺の負けだろ」
「決闘のルール上、ニファの負けなのよ。ニファも納得してたわよ?」
「俺が納得してない。結局剣じゃ刃が立たなかった訳だし、勝ちまで譲ってもらったんじゃなあ……」
 ぶつぶつと愚痴るいろはに、ミレニアはもう、としなだれかかった。紅玉のように紅い瞳で、上目遣いにいろはを見上げる。
 その視線はどことなく蠱惑的な光を纏っており、その声は婀娜っぽい艶やかな甘さを含んでいた。
 綺麗な薔薇には棘がある――そんな言葉を思い出してしまうほどの、妖艶な表情を見せる少女。いろはは、ミレニアのこういった一面を見るたびに自身を抑えるのに苦労することになる。
 ミレニアは――"向こう側”からやってきた少女たちは、皆一様にそうなのだ。魔性の魅力とでも言うのか、男を虜にして離さない怪しい色香を放っている。
 ともすれば、我を忘れてしまいそうなほどの――。
 いろはのそんな内心を知ってか知らずか、ミレニアの声音は甘い甘い毒のように沁みてくる。
「多分、あの子もイロハに勝ってほしかったのよ。ホント、スケコマシなんだから」
「お願いだ離れてくれ。それとお前はどこからスケコマシなんて日本語を仕入れてくるんだ」
「竜はね、自分より強い男に惚れちゃうの。ニフ
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