久しぶりの、一人での登校。
居ると煩く感じる相方でも、居ないとなるとかくも寂しく感じるものなのか。いろはの表情は陰鬱で、そのの足取りもこころなしかいつもより重く見えた。
その理由は簡単。傍らに、ミレニアが居ないためだった。
「ふぅ………」
いろはは物憂げなため息と共に、校門を通過する。
いつもなら賑やかないろはだが、一人ならこんなものだ。元より、あまり社交的な性格ではない。しかし、ミレニアが現れてからその性格に改善のきざしが見えていたのも確かだった。
(悪い意味で)ちょっとした有名人であるいろはの異常に、周りの生徒達も口々に囁きを交わし始めた。
「おい……鷹崎が一人だぜ……?」
「まさか振られたとか……?」
「ミレニアさんはどこだッ!?」
それらを一切無視して、いろはは昇降口に辿りつく。そのまま覇気の感じられない足取りで階段を上がろうと――
「いろは先輩!」
「ん……?」
したところで声をかけられて、いろはは振り向いた。その視界に、こちらに駆けてくる少女を捉える。
「どうした、渚」
「どうした、じゃないですよ!」
とにかくこっちへ、と渚に腕を引かれ、いろはは校舎の裏側へと連れて行かれた。その有無を言わせぬ力の強さに、いろはは戸惑いながら付いていく。
はて、何かマズイことをやらかしたであろうか? わが身を振り返ったいろはには、思い当たる節は一つしかなかった。
その彼が半ば引きずられるようにして連れてこられたのは、体育館脇の用具置き場。その不良じみたチョイスに、いろはは苦笑する。
「あのー、渚さん? まあ、落ちついて」
「私がどれだけ心配したか分かっていないから先輩はそんな事が言えるんです!」
いきなり雷を落とされて、はいっ、といろはは背筋を伸ばす。
それを聞いただけで、いろはは渚が何故こんなにも怒っているのかを完全に理解した。
「ただの高校生のくせに、一人で戦おうとなんてしないでください! 下手したら、あそこで死んでたかもしれないんですよ!?」
「あー、うん。ちゃんと勝算はあった。そこまで考えナシだった訳じゃない」
「……助けてくれた事には感謝してます。でも、あれはやりすぎです」
「悪かった。あの時は無我夢中だったんだ」
まったくもう、と怒る渚に、ごめん、と頭を下げるいろは。
「あれで怪我した人とか、居なかったか? お前、一撃貰ってただろ」
「いいえ、誰も怪我はしてません。私も平気でした」
誰にも怪我はない、と聞いて、いろはは胸を撫で下ろした。それでこそ、身体を張った甲斐があったというものだ。
「先輩、一つ、お尋ねしたいことがあります」
「何だ?」
「あの……タワーに来たのは……何だったんですか?」
「あー……答えにくい質問だな。お前は何だと思った?」
思えば、渚の疑問ももっともである。いろはは夏休み、あれと似たような事態に巻き込まれている上、ミレニアや倉名というそちらに精通した知り合いがいるためにさほど混乱は無いが、普通はあのような事態に巻き込まれれば混乱するのが正常な反応というものだ。
正直なところ、いろはは東京タワーで起きた事件についてかなり詳しいところまで説明できるだけの知識を持っている。しかし、それを説明するには夏休みの件やミレニアと倉名の事情にも触れざるを得ない。いろはの一存で話せる事ではなかった。
「実は、タワーから脱出した後、警察の関係者だという黒いスーツの男が脱出した人を集めたんです。その男が言うには、私たちは集団で幻覚を見ていたんだと……タワーの構造がひずんで、ガラスが突如として砕け散った恐怖でそんな事が起きたんだと説明されたんです」
「……へぇ」
「周りに警察の人もいましたし、その人の身分については信用できると思います。手帳も見せられました。でも……先輩とミレニア先輩はいなくなってて……」
「……済まん、渚。今は説明できない。それに少なくとも、俺が語れるのはそのスーツの男が言った話の十倍胡散臭いぞ」
突発的な危機による恐慌に端を発する集団幻覚。似非科学の香りしかしないが、いろはが語れる真実は、異世界だの魔法だのドラゴンだのが目白押しだ。あちらが似非科学なら、こちらは既にファンタジーの域である。
「今の俺には、見たままを信じろ、としか言えん」
「じゃあ……あれは、夢じゃないんですね?」
「ああ。俺がその集団幻覚とやらを見てなければ、だが」
「良かった……あんな事があったのに、テレビにも新聞にも出て無くて、もしかしたら私の方がおかしいのかと……。でも、朝先輩を見たら、そんなの全部吹っ飛んじゃいました」
無事で良かったです、と言う渚。
「心配かけて本当に悪かったよ……。でも、もう大丈夫だ」
「はい……。じゃあ、私はもう行きますね」
ああ、といろはは答えた。
「先輩。あの時、
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