いろはは、下段に構えた剣で相手の攻撃を捌きながら、慎重に距離を取っていた。
しかし、見かけは華奢な少女にしか見えないニファが放つ拳は重く、また早かった。地の構えのままでは俊敏に動けないため、いろはは彼女の攻撃全てを防御することを余儀なくされる。
防戦に追い込まれたいろはを見て、ニファが口元を歪める。
「面白い剣術を操るな、剣士よ!」
「そっちこそ、すげえ馬鹿力だなっ!」
共に決定打を与えられないまま、剣士と竜は数合打ち合う。
いろはは堅牢な甲殻と鋭い爪に覆われた拳を剣でいなし、滑空じみた突撃を迎撃することで防ぐ。だが、次第にそれも難しくなっていく。
今はまだ、隙あらば下段から顎を狙った一撃で相手を牽制して相手に警戒を抱かせているが、所詮は金属棒。決定打にはなり得ない。
何より、いろはには解っていた。このニファという強敵は、明らかに手加減している、と。一撃でカタを付けてしまわないよう、ニファは半ば遊びのような感覚でいろはと戦っているのだ。
防戦の不利を悟って、咄嗟にいろはは叫んでいた。
「ミレニアッ!」
「待ってました!」
その瞬間、いろはの意思を汲んで炎の群れがニファを包み込む。ミレニアの魔術だ。
夏休み、彼女がいろはに放ったものと同じ魔術が、今度は異界から来た竜を焼く。しかし、その威力は夏休みの時とは段違いだった。
魔力によって生み出された炎の群れは、陽炎すら伴って辺り一帯を焦がす。副作用的に生まれた爆風じみた風に、いろはも思わず腕で自らを庇った。
あまりの威力に、やりすぎたか、といろはは思ったが、同時にこれで良い、という思いもまたあった。
どうせ、相手も手の内を隠している。油断しているうちに全力を傾けて、撃破なり撤退なりを掴み取った方が良い。
「やったか!?」
「ドラゴンを甘く見ないで。ニファは強いわよ」
その言葉通り、燃え盛っていたミレニアの炎が二つに割られた。次の瞬間、展望台の天井を焦がす勢いだった炎はかき消されてしまう。
その中から、仁王立ちのニファが現れる。
「マジかよ……」
思わず、いろはは低く呻いた。
見たところ、ニファは完全に無傷のままだ。火傷どころか、煤一つ付いていない。
だが、その炎は確実にニファにとって脅威となる威力を秘めていたようだ。その顔からは、先ほどの余裕の笑みが消えていた。代わりにその顔にあるのは、好敵手を見つけた戦士の表情。
「やってくれるな、ミレニア」
「あなたもね……」
いろはの隣で、女二人が獰猛な表情を交換し合った。あれ、コレやばいんじゃねといろはは思う。
次の瞬間、ミレニアからは細かい氷粒を含む極寒の冷気が、ニファからは先ほどの炎よりもなお熱い灼熱の火炎が迸った。その二つは交錯点で衝突し、まごうことなき本物の爆風を生む。
「バカ野郎!」
爆心地にいるいろはの事などお構いなしに放たれた攻撃に、いろはは悪態を吐きながら身を投げ出す。一拍遅れて、頭の上を凶悪な威力を孕んだ爆風が通り抜けて行った。
もし一瞬でも対応が遅れれば、いろはの体など木端の如く吹き飛ばされていたはずだ。当然、そうなれば放り出される先は地上120メートルの虚空である。
まったく、こうならないためにここに残ったのに、といろははぼやきながら身を起こす。
どうやら彼は少なからず吹き飛ばされてしまったようで、いろはとミレニアはニファを挟んで向き合う形となった。ニファは丁度こちらに背を向けているが、口から火まで吐くとなれば迂闊に近寄れない。ましてや、ここは空中の揺り籠。翼無き人間であるいろはにとってはこの上なく不利なステージであった。
「ミレニア! 逃げるぞ!」
元より、本来の目的であった観客の避難は完了済みだ。時間稼ぎのためにこの場に残ったが、これは分が悪すぎる。
ここは場所が悪すぎる、とミレニアに告げると、氷と炎を応酬していたミレニアがこちらに目配せした。
飛び降りろ、とその目は言っている。必ず助けて見せるから、と。
「どうした、ミレニア。そこの剣士は最早戦うことすらままならないようだぞ?」
逃げる、と言ったいろはの弱腰を弾劾しているのだろう。揶揄するようにニファが言った。彼女が炎を吐くのをやめたのがきっかけで、炎と氷の衝突が一時的に終局を迎える。もしかしたらニファは、意図的にいろはが逃げやすい状況を作って見せたのかもしれない。
しかし、その手には乗らないとばかりに、ミレニアはあくまでも余裕の態度を崩さずにニファの挑発をいなした。
「それはそうよ、ニファ。彼は優しい男なの。あなたが突っ込んで来た時も他の人間を逃がすことを優先したでしょう? それに、彼はこの街にも、この建物にも被害を出すまいとしているわ。だから最初は私を戦いに加えなかったの。もちろん、彼が私を愛しているせい
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