「ねぇ、イロハ。そろそろ私にこの街を案内してくれても良いじゃない?」
この世ならざる美貌を持つ少女、ミレニアにこのように迫られたのは、一体いつの事だったろうか。
その時、いろははかなりいい加減に対応したものである。ああ、いつかそのうちな、と。
いろはは、その時の対応を後悔するとともに、このミレニアという少女の性格を見切れなかった当時の自分を呪っていた。
そのせいで彼は今、別に来たくもない観光名所を訪れ、特に詳しくもないのに案内をさせられているのだから。
「えーっと、ここが東京タワー。家から見たよな? テレビ塔だったかなんかだよ」
今日、彼は東京タワーに来ていた。もちろん、傍らには薄青のワンピースを纏ったミレニアの姿もある。彼女の極上の絹の如き銀髪と、紅蓮の炎を思わせる宝玉じみた双眸はここでも人目を惹いている。
「正式には、集約電波塔と呼ばれます」
実用施設であり、また観光名所でもあるわけですね、といろはの隣の渚が答える。今日の彼女は見慣れた制服姿でも袴でもなく、質素な白い上下を身につけている。その長い髪を止める可愛らしい髪留めが、隙なく着こなした上下のコーディネートの中で唯一、背伸びしたお洒落の印象を与えていた。
ミレニアだけでなく渚もこの場に居るのは、所謂埋め合わせである。この間、いろはが途中でキャンセルしてしまった一緒に帰る約束の代わりという事で、一緒に来ないかと誘ったのだ。
しかし、どうやら渚はいろはと二人きりの状況を想定していたようで、待ち合わせ場所では妙に固まった表情で「ミレニアさんも居るんですね……」と言っていたが。
「だそうだぞ」
「もう。ちゃんとイロハが案内してよ。地元なんでしょ?」
「地元っつってもなぁ。東京タワーなんて一回も来たことないし」
東京タワーはおのぼりさんの行くところ。そう言って、一度もタワーに上った事がない都民は意外と多い。いろはは別にそんな特別な感情など抱いてはいないが、別段高いところが好きな訳でもない。行く理由が無かったから行かなかった、という程度である。
だが、渚はどうやら一度来た事があるらしい。他の観光名所にも詳しいみたいだし、今日の案内は全て彼女に任せてしまおうか、等といろはは無責任な事を考えていた。
言葉を交わしながら、いろは、ミレニア、渚の三人はそろってエレベータに乗り込む。売店の方は込み合っていたがエレベータに幸い他の乗客はおらず、三人は雑談を継続した。
ぐん、とエレベータが上昇し、まるで体重が増えたかのような縦Gが三人にかかる。
「わ! なんだか不思議な感覚ね」
「ん? お前は慣れたもんだと思ってたよ」
何故なら、彼女は異世界の王女。人ならざる異形をその身に宿す悪魔の王女なのだから。
本来なら、こんな塔になど登らずとも自前で空などいくらでも飛べてしまうのである。
「あの時も散々飛んで――」
そこまで言った時、いろはの足に激痛が走った。
「痛てッ!?」
「あら、ごめんなさいね」
見れば、ブーツに包まれたミレニアの足がいろはの足を踏んでいる。それもご丁寧にねじりまで加えたようだ。
(あのね。私の事を内緒にしろって言ったのは貴方でしょう?)
(すまん。でもだからって踏まなくてもいいだろ)
流石は王女。体重の乗った良い踏みだった。
これがヒールで無くて良かった、といろはは安堵する。ヒールでやられていたら、間違いなく足の甲に穴が開いていた。
ちん、と音がして、エレベータが展望台に到着した。
「おお、なかなかに絶景だな」
そこからは東京の街並みが一望できた。いつもならビル群に邪魔されてしまって見えない町の果ても、ここからなら眺めることが出来るのだ。
今回の観光に乗り気でなかったいろはさえ、展望台からの眺めに思わず嘆息する。
天気の良い日を選んで正解だった、といろはは思った。
「天気が良くて良かったですね、先輩」
前来た時は曇ってたんですよ、と渚が言った。彼女もまた、何処までも続く人の町に眼を奪われている。
地上では見慣れた場所も、空から見下ろせばまた違った趣を感じさせる。その事実は、何となくいろはに岡目八目という四字熟語を思い起こさせた。
だが、今日の主賓であるはずのミレニアは、ガラスの外に広がる景色を眺めて形の良い眉をひそめてしまった。
「ん、どうしたミレニア?」
「どうしたって程の事でも無いけれど……こちらに来てすぐにも思ったことだけど、この国は本当に建物だらけね」
勿論豊かなのは良い事だけれど、とミレニアは付け足す。
「ああ、お前の住んでた場所はそんな事はないんだっけ」
確かに、中世のような石積み等で作られた建物や街に比べれば、今日の東京の街並みは無骨で無粋に見えてしまうだろう。
「そうね。大きな建物もあるけれど、こんな天を貫くよ
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