邂逅

 目を覚ましたのは、やや年季の入った小さな部屋だった。木で作られたかたいベッドにあおむけで寝かされており、着ているものは簡素な服。髪は粉っぽく、どうやら砂埃にまみれているようだった。
 窓からは緩やかな日差しが差し込み、木造特有の優しげな趣を照らしている。
 そんな穏やかな日を、僕は久しぶりに迎えた。

「起きたか?」

 ベッドに寝たままの僕に、そんな声がかけられる。
 それは懐かしく、懐かしすぎて、ここを夢と錯覚してしまいそうになる声だった。
 ミュウと出会う前。僕を相棒と呼び、僕が先輩と呼んだ女性。騎士の称号を手に入れ、さらなる激戦を戦っているはずの声。

「よう、相棒。お前が倒れていたときは驚いたぞ。
 まあ、昔のよしみだ。匿ってやるから安心しろ」

 顔をたおして声のする方を見れば、そこには見慣れた、懐かしい顔があった。
 まず目に入るのは、艶やかな黒髪。やや長めの髪は相変わらず不思議な艶を持っている。その白い顔を彩る深い緑眼も、昔と変わらない。
 その次に、目は彼女の二つの膨らみへと移る。前を閉じていないコートから零れおちるような膨らみは、僕をはじめとして男たちの視線をくぎ付けにして放さない魅力を放っていた。
 相も変わらず、有り得ないほどメリハリの利いた、大人の体だ。そんな完成された体を持ちながら、兵士時代、騎士時代ともに浮ついた噂1つ立たなかったのは、彼女の男勝りな性格と、面倒見のいい先輩のような気づかい故なのだろう。
 だが、その黒髪をかき分けて天を向く、隠しようのない異形は告げている。
 なめし革のコートの背中を突き破り、風を孕むその翼は告げている。
 彼女もまた、人ならぬものである事を――。

「せ、先輩!?」

「ああ、先輩だ。アンジュ・ゲハイムシュリフトだよ」

 その腰に吊られた剣は、今となっては何の意味もない教会の紋章の入った長剣だ。かつては教会所属の騎士であることを示したその剣は、持ち主が人ならざるもの――悪魔へと堕ちた後も従順にその役目を全うし続ける。

「先輩、その……姿は」

「……ああ、参ったね。まさか私が魔物に堕ちるとは。
 ――でも安心しろ。私は私だ。他の何者でもないさ」

 そうやって、先輩は笑った。
 元から拘らない性格とはいえ。そうやって笑えるようになるまでに、どれほどの時間が必要だったのだろうか。
 いや、先輩の事だ。もしかしたら、意外とすんなり受け入れたのかもしれないが。

「そんな事よりお前の事だ。お前、町の外でぶっ倒れてたぞ。この町が“陥ちた”日にな」

「そうですか……。やっぱり、この町は……」

 陥落。それは時間の問題だと、割り切っていたはずなのに。
 元より勝ち目などないと、解りきったはずの戦いだったはずなのに、僕の心は、重く沈んだ。
 それが顔に出たのだろう、先輩が少しだけ心配そうな顔をして、僕の顔を覗き込む。男勝りな性格をしているとはいえ、その顔は妖艶な笑みの似合う美貌だ。その深い緑眼に覗き込まれると、何もかもを見透かされた気分になる。

「その、なんだ。お前のせいじゃないよ」

「いえ、大丈夫です。
 その日から、何日くらい経ちました?」

「まだ二日だ。お前、たまに起きてたが、覚えてないのか?」

「……はい」

 町が敵の手に落ちて二日。それまで、僕は眠りこけていたというのか……。
 ある種、愕然とした感情が僕を蝕む。
 今、町でなにが起きているのか。それは、想像に難くない。

「まだ寝ていろ」

 ベッドから起き上がろうとして、それを先輩に止められる。

「お前の持ち物に、こんなものがあった」

 僕を押しとどめる手とは反対の手で握られた、一振りの剣。鞘を持ち、柄を僕に差し出すようにして向けられた剣は、銀細工の鍔に名前が刻まれている。
 刻まれたその名は、今は亡き、かつて教会の操り人形となって魔と闘った勇者の名。

「その剣は……」

「事情は察しているよ。手伝ってやる。だから、今は寝ろ。いいな?」

 とある少女から贈られたその剣に懸けて。僕はその少女の下に行かなければいけない。
 だが、僕の住む町は魔物に奪われ。知り合いの安否も分からない。
 ちっぽけな、僕の力ではなにも変わらないのかもしれない。でも、身体を動かさずにはいられない衝動。
 先輩はそれが解っているのか、いつもの不敵な笑みを浮かべて僕を見る。

「眠れないなら私が寝かせてやろう。なに、お前はそこにじっとしていればいい。すぐに眠くなるさ」

 もう二日も眠ったのだ。これ以上、惰眠を貪るなど赦されない。
 だが、その僕の意思を裏切るかのように手足からは力が抜け、視界にも靄がかかり始める。

「ふふふ、相棒。お前が女を抱かずして眠れないというのなら、いつでも貸してやるぞ? 高いがな」

 
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