それは、これ以上ない醜聞だった。
場所はとある国の、中心に近く中枢から遠い、ちいさな町。住人は皆あたたかく、決して豊かではないが幸せな暮らしをしていた。
その街を治める貴族も、町を愛しそこに暮らす人々を愛していた。
休日には町の教会に人々は集まり、そこでは笑顔と笑顔が交換される、そんなあたたかい町。
絵本の中から飛び出してきたような町に、その醜聞は生まれた。生まれてしまった。
魔物が、見つかったのだ。
その国は反魔物国家で、その町の住人のほとんどは本物の魔物を見たことすら無かった。
領主も教団も正式に発表していないのに、魔物発見の噂は瞬く間に風に乗って広まった。
見つかったのは魔物の子供で、まるで捨て子同然に放置されていたらしい。
本来なら、その子供に命は無かっただろう。子供とはいえ魔物で、ここは反魔物国家の都市なのだから。
だが、事を公にするには少々事情がまずかった。
なぜなら。ここは反魔物国家の中心で、発見されたのは魔物の子供なのだ。
子供が居るのなら、当然、親もいる。そこまで入り込まれるまで、子供が捨てられるまで、教団すら気付けなかった。
それを醜聞と言わずしてなんというのか。
それを公開することが憚られるくらいには、体面のわるいものだった。
そして、ある聖騎士の言った一言が、魔物の子供の明暗を分ける鍵となる。
「魔物、魔物と言うが、私には人の子にしか見えない。たとえ魔物であろうと、我らが正しく導けば、必ずや正しく育つ。それとも、我らはそれすら適わぬほど力のない存在か?」
もともと、教団の誰もがその子供を殺すことを躊躇っていた。
本当にその子供を殺すことが、正しき行いなのかどうか、確信が持てずにいた。
そして、そこにある聖騎士が別の道を示したのだ。教団の醜聞を無かった事にし、あるいは偉大な功績を立て得るかもしれない道を。
こうして、魔物の子は命を救われた。
今日は日曜日だ。町に幾つかある教会のうち、一番小さな教会へ向かう日だ。
小さな私の体躯にあった、あちらこちらに可愛い模様があしらわれた服を着る。フードはかぶらず、後ろに垂れさせたまま、首から銀の懐中時計を提げる。そうして手にはシャベルを持ち、私は小屋の扉を閉めた。
私が身につけるものも、小屋にあるものも。その小屋も、この私自身も。この町の人から貰ったものだ。服はアンリさんが作ってくれた。笛は細工師のベンさんが、シャベルは鍛冶屋のトマス夫妻が、小屋は大工のアレンが。そして、私はあの聖騎士さまと教団の皆が。
どれもこれも、皆私のことを考えてつくられた、私だけのものだった。服は動きやすく、時計は軽くて丈夫。シャベルは鋭くて、簡単に土を掘る。小屋は1人の私には丁度よい広さで、大きな窓からは私の大好きな町が一望できる。
そして、仕事はこの町の皆がくれる。その生の証として、そして、最後の仕上げとして。それを、こんな私にゆだねてくれる。
私は、墓守だった。それも、人間ではなく、魔物の血を引く異形の墓守。
そんな私を、信頼してくれる。
「では、行ってきます」
ばたりとドアを閉め、誰も居ない小屋に向かって、声をかける。
「うん。行こうよ、カッコウ」
呼ばれたのは私の名前。親知らずの托卵の鳥の名前。
私の後ろ。町に続く道から、返事が返ってくる。
私の親友であり、聖職者見習いの、
「イグレシア……」
イグレシアは黒い修道服に身を包み、青い瞳でこちらを見ていた。片手でちいさな聖典を持ち、もう片方の小さな手をこちらに向けて振っている。
「迎えに来たよ。お子ちゃまの一人歩きは危険だからね」
そう言うイグレシアも今年で15歳。十分子供だと思うのだが。その小さな手といい、発展途上の胸といい。
そんな事を思いながら、私はとてとてと彼女の元へ歩みを進めた。
それに彼女は頬を緩め、にやけた顔でこちらを見ている。
「はぁ〜、可愛いな〜。いいなぁアンリさんばっかり。ボクもコウに着せてみたい服とかいっぱいあるのに……」
コウ、というのは私の愛称だ。
アンリさんは私に服を作ってくれる優しいおばさんで、墓場から町へちょっと入った所に住んでいる。
「はぁ〜、いいなぁ。コウは何歳になったんだっけ? まあ10歳くらいにしか見えないけどね」
イグレシアは目をキラキラさせながら言う。このままでは私は彼女に拉致されるかもしれない。
それにしても、友人の歳を覚えていないのはあんまりだと思う。
「14歳ですよ……。もうすぐあなたと同じ15です」
歩き出しながら、答える。
だが、そう答える私の背丈は、イグレシアの言う通り10歳児のそれだった。これで14歳だとしたら間違いなく発育不良だ。だが、私の外見がこれ以
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6 7]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録