私は昔から泳ぐ事が好きだった。
島の古いしきたりで船に乗せてもらえず、それでも広がる無限の海に対して、出来ることはそれくらいしか無かったというのが正解なのかもしれない。
でも、それでよかった。私を見てくれる君がいたから。泳ぐ私を見てくれる君がいたから。
私と君は、親友だった。二人だけで遊んで、小さな焚火を二人で見つめて夜を越したりした。二人だけの秘密基地も造った。
そして、いつも君と私はライバルだった。
君よりも速く、君よりも深く、私は泳ぐ事ができたから。
でも、もしそれを失ったら。
私よりも君が速くなったら。君が私を追いぬいたら、君はもっと遠くを見てしまうんじゃないかって、私は怖かった。
船という、海を取りあげられて、その次は、君を取りあげられるかと思うと、恐怖で身が震えた。
だから泳ぎは人一倍練習した。君が私だけを見てくれるように、孤高でいられるように。海の中でだけは、強くあれるように。
だから、助けられると思ったんだ。
君が溺れた時、私は助けられると思った。一部の疑問も抱かず、まっすぐ海に飛び込んで、君の元へ向かった。
だって、そうだろう? 私は君よりも速くて、海の中でだけは、キミのヒーローで。だから、助けられなきゃ嘘だって思ったんだ。
その後はよく覚えていない。持てる全ての力を使って、君を助けたことは覚えている。その時、言った言葉も。
気がつけば、私は薄暗い海の中を漂っていた。不思議と、恐怖は無く。ただ、あるべき場所に還ったかのような、不思議な安心感があった。
そこで、私は声を聞くのだ。
――海の娘よ、その道を行け、と。
彼は毎年、この日になると海に100からの花を撒く。あの、因縁の入り江の高台に立ち、その崖の上から献花を施すのだ。
私の墓ではなく、私の消えたこの海へ向けて。
きっと、彼は自分を責めているのだろう。自分だけが生き残ったと思い、償いきれない罪と己の涙の間に挟まれ、苦しんでいるのだろう。
彼の苦しみを癒したい。だが、今の私が、彼に逢う勇気はない。結局、私に出来るのは彼からの献花を集めることだけだ。
「エデン……逢いたいよ……」
海から顔だけを出して、濡れた顔で彼の名を呟く。沖は波音もなく、私の声を吸いつくしてしまう。
その視線の先には、件の入り江。その高台には、まだ誰の姿もない。
彼に逢いに行けたら、どれだけ良いだろう。彼に想いを伝えて、想いのままに彼を愛せたなら、どれだけ良いだろう。
だが、怖い。人では無くなった私を、彼がどのような目で見るのか、それが怖い。もし、怯えたような目で見られたなら、私は私で居られるのだろうか。
「………」
頭を振って、そんな思考を閉めだす。
とぷん、と小さな音と共に、私は水に潜った。途端、眼下には澄んだ青色と、まるで空を飛んでいるかのような美しい景色が広がる。
その海中の青空を、私は飛んだ。人間だった頃とは比べ物にならない速度で、自由自在に泳ぎ回る。
思考が乱れた時は、こうして何もかもを忘れて海を泳げば良い事を、私は知っていた。体中を心地良い清涼感が包み、耳には優しい調べのような水流の音が聞こえる。なにより、目に移る景色はいつまでも美しい景色を楽しませてくれる。
海はいつだって優しい。一見暗い海の底も、時には荒れる水面も、全ては海の感情表現だ。私はそれを知っている。
暗い海の底には日差しがカーテンとなって降り注ぎ、幻想的な景色を生み出すし、荒れ狂った水面からは海の生き物に不可欠な空気が取りこまれる。
それらにいちいち難癖を付けて、自分たちの利を中心に考えるのは人間の悪い癖だと思う……というのは、流石に言いすぎか。
人間にも、人間の生活が掛かっているのだから。彼らも、海に命を繋いで貰っている存在だ。
そんな風に、海を泳いでいると、少し遠くなった入り江の高台に、人影が見えた。その手には、花束のようなものも見える。
――彼が来たのだ。
急ぎ引き返すと、その人影は両手を使って花束を海へと投げ入れた。それは空中で解け、白い花をばらまくように落下する。
だが、私はその花を追えなかった。
「うぁっ、うっぷ! あっ」
耳を澄ませば聞こえる、少年の声。それは間違いなく溺れている、必死で生き延びようとする者の呼吸音だった。
途端、私は弾かれたように泳ぎ出す。声が聞こえるという事は、近くに居るということだ。私は辺りを見渡して声の主を探した。
だが、再び私は泳ぎを止める。私の視線の先では、彼が高台から飛び込んでいた。先ほど彼が撒いた花のように真っ白な水柱が、高々と上がる。
そして、彼は猛然と泳ぎ始める。水を蹴立てて、立ちふさがる波を全て正面から打ち壊して、全てを追いぬく勢いで泳ぎ出す。
それ
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