人生、何があるか分からないものだ。
生きていくために戦う事を選択する人だっているし、生きていくためでなく戦う事を選択する人もいる。
あるいは、選択の余地無く戦う事を運命づけられた人だっているかもしれない。
ならば、生きていくために戦う事を選択した僕は、まだ幸福な部類だろう。
戦い続けつつも、未だ命を落とすには至っていないのだから。
「よし! 素振りやめ!」
教官の怒鳴り声が聞こえる。砦に併設された、微妙な広さの練兵場に、汚いだみ声が広がる。
その声に反応して、僕を含めた兵士たちが一斉に剣を振る手を止めた。その視線の先で、教官がその大きな掌をぱんぱん、と二回打ち鳴らす。
「二人一組で模擬戦だ! 3回やって終わったら各自解散!」
解散、のその一言に反応して、皆素早く試合相手を見つけていく。
早く休みたいと思うのは人の本能だが、そんな覚悟で、戦場で生き残れるのだろうか。
いや。この僕が、この世界で、生き残れるのだろうか。
「おい! フェン! お前だ! ちょっと、お前に相手をしてもらいたい方がおられる!」
僕も顔なじみの同僚をつかまえて、さっさと訓練を終わらせようとしていたのだが、もたもたしていたのが良くなかったようだ。運悪く、教官に呼び出されてしまった。
あの教官が、敬語を遣う相手となると、僕のような一兵卒ではどのように接しなければならないのだろう。
「どうぞ、こちらです。あの少年が相手です」
「彼か。楽しめると、良いのだがな」
準備が整ったようだ、というのはこの場合不適切な表現だろうか。とにかく、僕の戦う相手が現れたようだ。僕の後ろから、ブーツの底が練兵場の砂を踏む音が連続して聞こえてくる。
「よろしくな」
す、と手が差し出される気配がした。いつまでも背を向けたままでは居られないので、僕もくるり振り向く。
まず目に飛び込んできたのは、端正に整った綺麗な顔だった。普通、このような場ではヘルムまできっちりと着用するのが普通だ。なので、素顔を晒していると、よく目立つ。
それが、普通の顔だったらまだましなのかもしれないが、僕の対戦相手はこの場にそぐわぬほど綺麗だったと言っていいだろう。
周りから、視線が集まるのを感じる。
「……よろしくお願いします」
差し出された手に僕も左手を差し出す。差し出す側には差し出す手の選択権があるが、差し出された側にはそれが無い。もちろん僕は、相手が左側に剣を吊っているのに、彼女が左利きだった、などとは考えない。
おかしな事には、それ相応の理由があるものだ。
僕は左手を差し出すと同時に右手で剣を抜き、いきなり襲いかかってきた綺麗な対戦相手の剣を迎え討った。
一撃を交換した時点で、僕たちは左手で握手を交わしたまま剣で打ち合うというおかしな状況を構成してしまった。周りの同僚も教官すら絶句している。
「――不意打ちは関心しませんよ」
「君は見事それを防いで見せた」
防げたのだから、不意打ちではないと、そういう事か。なるほど、言われてみればその通りだ。
それにしても、何という重い剣だろうか。見たところ相手は女性だが、まるで両手で繰り出した剣のような重さだった。そう、噂に聞く勇者か、もしくは僕らの敵――魔物のような。
防いだ僕の手がしびれているというのに、彼女は何事も無かったかのようにその大きな剣を構えなおす。
「次は、受け切れるかしら」
次の瞬間、僕の体は宙を舞った。
本を読むのは良い事だ。嫌なことも悩み事も、全部忘れられる。涼しい木陰に腰掛けて、静かに本を読んでいればこの世界に僕しかいないような、何ともすがすがしい気持ちになるものだ。
だが、それを打ち破る者の存在も邪魔ではないと思えるのは、ダブルスタンダードだろうか。
結局のところ、僕の求めるものは日常――なのだ。
「何を読んでいる? ――と、いきなり聞くのは無粋?」
「分かっているなら、話しかけないでください。――とは言いませんよ」
そんな軽口を叩きながら、先ほどの対戦相手――ミュウというらしい――は僕の隣に腰を下ろした。
先ほどまでは縛っていた髪を下ろしており、その姿はやはり美しいと思う。ミュウは覗きこむように僕の読んでいる本を眺め、興味深そうにしている。
やはり、というべきか、彼女は人ならざる素質を持った人間――いわゆる勇者というやつらしい。教会から、魔界に近い最前線であるこの砦に派遣されて来たのだとか。
そんな素性の持ち主に、ただの一兵卒である僕が勝てる理由など有るわけも無く、あの後僕は3連敗した訳だが。
「本か。聖典以外の書物をじっくり見るのはこれが初めてだな」
勇者、などという仰々しい肩書を背負っていても、こうして僕の本に興味を示す様はあ
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