第2部 (第2章)

 真っ白な少女の遺した銀色の万華鏡。
 それに誓った幼馴染の少年は―――




「――ハッ!!」
 
 鋭い声と共に突き出される渾身の突き。その突きの鋭さは以前の拙いそれとは比べ物にならない。
 しかし、その突きもひらりと身をかわした相手には当たらず、むなしく空気のみを刺し貫いた。
 それでもアルは焦らない。剣の重みで引きずられた体を流し、すぐに回避行動に入る。
 ごうっ、と劫火の塊がアルのすぐ横を通り抜けていく。
 そう、アルは今、ドラゴンと闘っていた。

「どうした?動きが鈍くなったじゃないか」

 そういうドラゴンにはまだまだ余裕が見える。それもそのはず、彼女は魔物の中でも最強クラスに君臨する魔獣なのだ。
 彼女の見え透いた挑発には乗らず、アルは浅く息を吐く。

「……………」

 アルの構える得物は自らの身長を超える大剣だ。それに対してドラゴンは素手。しかし、それはハンデにすらならない。
 そもそも、人間サイズになっているとはいえ、相手は魔獣。武器など使おうはずもない。
 とりとめのない思考に身をまかせながら相手の隙を窺う。それは相手とて同じだろうが。

 先に動いたのはドラゴンだった。
 猛烈な踏み込みの後、鋭い爪の生えた手を横なぎに振るう。後ろに下がりそれを回避したアルに追撃の貫手。
 アルは二段構えの攻勢に、防御に回される。

「……くっ」

 貫手をなんとか剣の腹で防ぐが、その勢いと足場の悪さが災いしアルは姿勢を崩す。
 ドラゴンはその隙を見逃さない。必殺の一撃が振り下ろされる。

「うぉぉおおおおおッッ!!」

 アルは姿勢の維持を放棄し、横に転がった。剣も放り捨てる。背中がごつごつした石に当たって痛むが命には代えられなかった。
 横では回避したアルに代わり、地面がドラゴンの一撃で砕かれていた。しかし、それを放ったドラゴンも攻撃の反動で致命的な硬直を課せられている。
 無理な姿勢からの猛ダッシュ。足がアルの酷使に抗議するように悲鳴を上げるが、無視する。
 まずは蹴り。先端とかかとに鉄を仕込んだブーツだ。蹴りすら殺人的な威力を秘める。
 蹴る瞬間、ちらとドラゴンの顔が目に入った。外見だけ見ればきれいな女なのだ。やりにくいことこの上ない。

「〜〜!!!」

 アルは自分でもよくわからない叫び声をあげながら、猛然とラッシュを開始した。




 ドラゴンは、自分を攻撃する者の存在を感じながら、静かに興奮していた。
 このドラゴンたる私に、ここまで攻撃を通すことが出来た者が他に居ただろうか?
 そして、私を以てして敗北の予感を感じさせることができた者が他にいただろうか?
 ――いや、居ない。
 彼は、名も知らぬ剣士は、私の伴侶になるべき人間かもしれない、と。
 実際、彼女はアルの猛攻に手も足も出ないでいた。剣が当たらないなら足で。足がかわされるなら拳で。あくまで相手を倒すことにこだわるのアルの戦い方は、彼女に決して浅くないダメージを与えていた。

「ぐッ、がッ、ぐはッ!」

 まだ気絶には至らないが、それも対策を講じないのなら時間の問題だろう。そして、アルの猛攻はそれを彼女に許しはしない。
 このまま狩られるのか――と彼女がぼんやりした頭で考えた時、
 ばたり。
 突然、目の前の剣士が倒れた。彼女の一撃をかわしてから今まで攻撃する一方だった男が、急に倒れたのである。彼女が何もしていないにも関わらず。
 アルの攻撃の嵐で倒れることが許されなかったドラゴンも、後を追うようにばたりと地面に倒れ伏す。
 アルに外傷は少ないが、ドラゴンの有り様は酷かった。鱗は剥がれ、血は滲み、口からは一筋の血が流れおちる。そんな彼女に、男のつぶやきが聞こえてくる。

「腹減った………」

 それを聞いた彼女は、自らの負けを確信した。そして、大地に寝そべって上を向いたままこう言った。

「なら、うちで食べていかないか?」




「幼馴染を探している」

 アルはそう言って食事に戻った。喋りながら食べたりしないのは、目の前に一応女性がいるための配慮だろうか。
 それを聞いて、ナターシアと名乗ったドラゴンは疑問に思ったことを聞いてみた。当然、こちらも口の中のものはきちんと飲み込んだ後でだ。

「幼馴染を探してるアルが何故突然私に斬りかかる?」
 
 すでにナターシアはアルを呼び捨てだが、アルはそれについて何も気がつかない。
 そして先ほどの騒動は、別にナターシアがアルを見つけて襲いかかった訳ではない。その逆だ。
 
「それについては返す言葉もない。申し訳ない」

 アルはそう言ってナターシアに頭を下げた。先ほどのアルとは全く別人のような態度だ。
 しかし、ナターシアにとってはアルを責めようと思っての発言ではない。慌てて付け足した。

「あ、い
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