あれは忘れもしない、2年と半分前。
傭兵という明日をも知れない稼業に慣れたと思いこみ、ただ慢心していた頃だった。
幼い頃から剣と共に生き、わずか12歳で傭兵となった。そこまで自分を育ててくれた傭兵と共に戦場を渡り歩き、彼に一人前と認められてからは巣から発つ鳥のように拠点にしていた街を飛び出し、世界を見て回った。
世界は、まるで綺麗な宝石だけを集めた宝箱のようだった。自分を覆っていた囲いが取れた時、今まで僕の“世界”だったものが酷く詰まらなく思えた。僕は初めて見る物を楽しみ、自由を存分に謳歌した。
だが、最初は興味深い事ばかりだった世界も、いつしか色褪せてきた。死と隣り合わせだった戦場も、ただただルーチンワークをこなすだけの場になり下がった。
殺し合いも旅も、日常の延長線上にあった。いろんな事に慣れてきて、感動など滅多に味わえなくなっていた。剣を抜くのも、食事を摂るのも、おんなじ日常。
もしかしたら、あの頃の僕は、早く死にたいとさえ思っていたのかもしれない。
………話が脇道に逸れた。
丁度そんな頃だった。僕は、1つの依頼を受けた。内容はなんて事のない、キャラバンの護衛。
独り立ちしたばかりの頃なら、自分を頼っての依頼を貰っただけで舞いあがっていたかもしれない。だけど、当時の僕としては何の魅力も感じない依頼だったと言っていい。
それでも僕がその依頼を受けたのは、ただ単純に足が欲しかっただけだ。1人で旅をするより、商隊にくっついて行った方が格段に楽なのだ。
だが結果的に、その判断は僕に福音をもたらした。
僕の同行したキャラバンは襲撃された。
盗賊とか、森に住む魔物程度なら僕でも難なく撃退できた。たとえ集団だったとしても、その場を切り抜ける程度の事は出来ただろう。
だが、それすらも出来なかった。
僕は真正面から圧倒的な力に蹂躙されて、成すすべもなく地に這わされた。生きているのが不思議なほど体を痛打されて、それでも意識すら飛ばず。
後はもう、何の秩序もない、混沌とした地獄だった。
あれだけ徹底的な破壊を受けておきながら、1人の死者すら出ていないのは、彼女がただ単に遊んでいただけだからだろう。
――そう。彼女だ。邪気はあっても無垢な笑み、害意はあっても殺意の無い破壊。
強靭な鱗としなやかな筋肉を持つ、人を遥かに超えしもの――ドラゴン。僕らは、彼女の遊びに巻き込まれた。ただ、それだけだった。
ルーチンワークだったはずの僕の毎日に起こった、いつもと違うこと。それは、僕の興味を惹きつけるのに、十分だった。
今になって思えば、あれは恋だったのかもしれない。決して好意ではなく。といって、愛でもなく。
僕が彼女の圧倒的な暴力に恋したのか、それともあの時見た無垢な笑みに恋したのかは分からないが――
――僕は確かに、あの緑鱗の少女に恋をした。
恋をしたら、それを実らせるべく動くのが男という生物の――ひょっとしたら雄の――習性だろう。全体はともかく、僕の場合はそうだった。
全身ボロボロで街に逃げ込んだ僕は、初心に帰って傭兵稼業を再出発させた。だが、心の中は彼女のことでいっぱいだった。一刻も早く会いたかったし、それに見合う力を身につけたかった。
焦らず、慎重に。周囲から、僕はそう見られていただろうか。出来る限り焦りを表に出さないようにしながら、僕は自分の体をいじめぬいた。
戦術を磨き、挙動を見直し、武具を新調した。これらの鍛錬には、とある街がとても便利だった。なにせ、ほとんどの住人に戦闘の心得があるような街だ。自然と、良質な武具店や鍛冶場が集まるのだろう。
僕は生まれ変わったような心境だった。今まで色褪せて見えた全てのものが、再び色づいて見えたのだ。これは、初恋を経験したことのある男なら誰しも共感できる感覚かもしれない。
張り切って仕事に打ち込み、仕事の無い日は徹底的に自分を鍛える。それが僕の新たな日常になった。
だが、それすらも色褪せたかというと、そんな事は無い。日常は色褪せたもの、という穿ったモノの見方をするならば、僕のそれは日常というよりは非日常だったのかもしれない。
終わらない非日常。
恋というものが雄にとって日常か非日常かと問われれば、非日常と答えるくらいには僕は異常だったということだ。
そんな益体も無い事を考える時も、僕は体を動かしていた。あくる日は走り込み、またあくる日は真剣を使っての素振り。僕は一切の妥協を許さなかったと言っていいだろう。
娯楽を全てなげうって、自身の強化に充てた。
いや、それは既に僕にとっては娯楽だったのかもしれない。なにせ、僕が強くなれば、一歩、また一歩と彼女に会える日が近づいてくるのだから。
まったく、奮い立たない方がどうかしている。
だ
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