激戦の予感

 その日は、雨が降っていた。
 魔物にとっても恵みである陽光は分厚い雲によって覆い隠され、それはどこまでも続いて陰鬱な情景を醸し出していた。ただでさえ一抹の寂しさを拭えない、独特の雰囲気を持った魔界が、立ち込める暗雲と相まって、より一層の不気味さを演出している。
 地平線の彼方から立ちはだかる雲の壁は、見る者に巨大な壁が迫ってきているような錯覚を抱かせる。もっとも、この降りしきる雨の中、地平線を拝むには人間離れした視力が必要なのだが。

「きょうはあめ……。あめがふってる……」

 そして、魔界の広大な森の中。その中心部からでは、うっそうと生い茂る木々の葉で切り取られた、暗雲立ち込める空しか見えはしないのだった。そこでは、ぱらぱらと雨が葉の表面を叩く音と、時折吹く風によって樹がなびき、濡れた葉どうしがこすれる音だけが聞こえる。
 そこには、魔界の、それも触手の森だというのに、金色の長い髪と見事な碧眼を持ち、その華奢な体躯をあちこちに切り込みが入った自由な形のドレスで包んだ少女が1人。場違いも甚だしい存在が、まるで何年もそこにいるかのように自然に存在していた。
 だが、いつもは底抜けに明るいはずの表情だけが、この日は暗い。それは、いつも傍らに控える触手が居ないためか、それとも、単純に雨が嫌いなのか。
 アリスは、一本の太い樹にもたれかかるようにして呟く。

「ひとりは、つまんない………」

 この森を訪れる人間や魔物は、本当に少ない。アリスには最近出来たばかりの友達が居るが、それでもわざわざこんな日を選んで訪れるとも思えなかった。
 いつも一緒にいてくれる触手達も、雨の日はあまり活発に動くことは無く、アリスを濡らさないようにという配慮なのか近くに居ることも少ない。アリスとしては、そんなこと全然構わないと思っているのだが。

「ルシは、いつもいっしょにいてくれるんだもん……」

 たまには、休みたいときもあるだろう。それが、少女の出した結論だった。
 だが、だからと言って孤独が癒える訳では無い。むしろ、より一層深くなる。普段は退屈さなど知らないかのように明るく振舞う彼女だが、雨は情景だけでなくアリスの心までも暗くしてしまうようだ。
 今までも、こんな日はあった。けれど、こんなに寂しくなった事は無かった。それは、彼や彼女と触れあったせいかもしれない。そうじゃないかもしれない。
 でも、悲しむべき事じゃない。だって、それはかけがえのない“なにか”だから。まだ、上手く言葉に出来ないけれど、きっと大切なものだから。

 だから。こんな小さな奇跡だって、起こるかもしれない。

「よっ! アリス、元気にしてたか?」

「……ゼノン!!」

 わずかに濡れた、強靭な外套を揺らして、彼は現れた。
 腰にはいつもの剣。今日は背中に盾も背負っている。軽めの鎧に包まれた体はがっちりとした筋肉がついており、そのくせ顔には厳ついところなど全く無い。
 その、いかにも冒険者然とした男に、アリスは体当たりするように抱きついた。長い金髪をなびかせて飛びついて来た彼女を、ゼノンは苦も無く受け止める。その、硬くて力強い手に頭を撫でられながら、アリスは聞いた。

「きょうは、あめがふってるよ?」

 それは質問と言うには、少し言葉が足りなかったけれど。ゼノンはしっかり意味を汲み取って、歯を見せて笑う。

「雨が降っても槍が降っても、会いたいときに会いに来る。それで良いだろ?」

 彼は言った。友達に会いに行くのに、天候など関係無いと。会いに行くかどうかは、自分で決めると。
 その返事は、少しだけ難しくて、全ての意味はアリスに伝わらなかったかもしれない。けれど、彼女は満面の笑みで、

「……うん!!」

 うなずいた。




「たねをね、たねを植えたの」

 いつでも薄暗い森の、道とは呼べない道で、アリスは太陽のような笑みで言う。
 その脇、木の葉が雨粒をはじくおかげで濡れていない地面に腰を下ろしたゼノンは、無言で話を聞いていた。静かに凪いだ瞳を少女に向け、その口は柔和な笑みを浮かべている。

「ちゃんと、あめの当たるところにうえたんだよ」

 小さな体を目いっぱいつかったゼスチャーで、種を植えた時の事を説明するアリス。残念なのはここが舞台でなくて、ただの薄暗い森の小道であることだ。
 だが、白いドレスの裾をゆらし、長い金髪を舞わせて、なによりも満面の笑みで話しかけてくるアリスと二人きりになれるというのは、悪くないかもしれない。彼女はか弱い高嶺の花ではなく、力強く咲く一輪の花なのだから。
 リィリは子供が苦手なようだが、ゼノンには子供の相手は苦にならなかった。

「じゃあ、見にいくか」

 軽い動作で立ちあがり、外套をさばいて土を落とす。それから自然な動作でアリスを抱
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