二人の“シオン” (下)

 夢を見た。
 今までに私と相まみえた者たちが、暗闇の中から次々と現れ襲いかかってくる夢だ。彼らは突如として現れ、正面から側面から背後から、過去に相まみえた時と同じ鋭さを持った動きで得物を叩きつけてくる。
 私はそれらを最小限の動きで回避し、逆に右手の刀を滑らせるように斬り込ませる。襲撃者の皮膚を舐めるようにして肉を切り裂く私の刃は、無慈悲に正確に、強敵たちを葬っていく。暗闇の中では光すら纏わない凶刃は、まるで闇そのもののように敵対者を喰らうのだ。
 襲撃者たちは、なにも人間だけとは限らない。数多いた他の妖狐や、それ以外の妖怪たち。彼女らも、暗闇から現れては、一拍後に血の海へと沈む。
 彼らは必死の形相で私に挑み、血だまりに沈んでいくというのに。それを行う私は大きめの着物を乱しもしない。
 また一人、私の前に人影が現れた。数百年前の私に挑んだ、長大な刀を使う剣豪。当時の私に瀕死の重傷を負わせ得たほどの使い手だ。
 男が袴を揺らし、一歩踏み込む。だが、遅い。彼が一歩を踏む間に私は距離を詰め、既に彼の胴を薙いでいた。振りぬいた刀は既に鞘へと納められ、私は元の位置へと戻る。
 そしてやっと、男は自分が斬られた事に気がついたようだ。信じられないと訴えるかのように、大きく目を見開いて崩れ落ちる。足元にまた死体が追加された。
 その死に顔は恨めしげで、自らを切り殺した敵を呪っているようだった。だが、彼にも分かっていたはずなのだ。自分よりも強い相手に挑めば、逆に自分が殺される可能性があることくらい。
 だから、私は彼らに心を揺らすことはない。自ら死地に飛び込み、無様にも血の緋珠を散らして消える者になど、同情の余地すら無い。
 そうして何人斬り殺したことだろうか。強敵も、弱敵もまとめて斬って捨て、刃の血を拭うことすらせずに敵を斬る。足元はとっくの昔に血の海で、そこかしこには人間だったものが散らばる。
 
「死ねッ! この化物!!」

 無音だった暗闇に、男の野太い声が響いた。同時に、凪いだ水面のように静かだった私の心も、虚な空白が生まれる。
 化物? なぜ私がそう呼ばれる? 私がお前たちに何をした? 刃物を振りかざして私の命を狙ったのはどちらだ?
 心に生まれた空白は、私の思考とか理性とかそういったものを根こそぎ奪い取り、男の言った通り私を化物に変える。暗闇の中、声を発することで自らの位置を晒した男の喉笛を手にした闇色の刃で食い破り、返す刀で胴体を両断する。
 もはや、今までのような流れるような斬撃ではなかった。怒りにまかせて飛び出し、力に物を言わせて敵を引き裂く。正に化物の所業。
 前から現れた妖狐が放った狐火を真正面から打ち消し、放った貫手で返り討ちにする。目から光の消えていく体を無造作に払い、刀を振るって背後に現れた武者を袈裟がけに切り捨てる。髪は乱れ、着物ははだける。だが、もはやそんな事は気にならなかった。
 心が荒れ狂う激情の波に飲まれても、もはやそんなことはどうでもよかった。私を化物と嘲った、真の化物どもをこの手で葬り去ることができるなら、どうでもよかった。
 体が火照り、狭い精神という殻の中で暴れる激情を迸らせる私の頭は、不思議なほど冷静だった。怒りに満ちた斬撃を、その怒りに手元を狂わされることなく敵の急所に叩き込む。そして、1人の敵に拘ることなく身をひるがえし、逆襲の刃を振るう。
 舞っているようだ、と私は思う。傍から見れば、そんな優美なものではないかもしれない。敵の血を浴び、自らの汗すらもぬぐわぬその狂気は、そんな綺麗なものではないかもしれない。
 だが、私の体は舞っていた。他者の屍を踏みつけてなお立ち続ける、殺戮の舞いを。
 そのまま私は敵が出なくなるまで踊り狂い、全てを屍に変えてなお虚空を睨みつける。今や辺り一面に屍肉が山を成し、血が河となって流れている。

「まだ、居るのだろう。そこに」

 私はそう声をかける。出てきた声は“現在”の私の口調とは違っていて、それでも紛れもなく私の声だった。そう、“あの時”の私の声。
 そして、その声に呼ばれたように、まるで暗闇から生まれたかのように現れた少年は、

「…………」

 無言でこちらを睨みつける。その両目に爛々と輝くのは、怨嗟の色。
 今まで私が無造作に屠ってきた者どもとは一線を画す、眼光の鋭さ。正にそれは悪鬼の目で、それは到底人間では有り得なかった。
 暗闇から現れた少年は、兵たちの血に濡れた格好で、左手には短刀を持つ。だが、その何の変哲もないはずのただの短刀が、それでも秘めた最低限の武器としての能を持って私を威圧する。
 血を吸って重くなった着物を脱ぎもせず、鈍重な足取りを隠すことすらせずにこちらに向かって歩いてくる少年は、いとも容易く両断できそうだ。
 それでも、私は
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