二人の“シオン” (上)

――神に縋って助かったと思うのは
――結局のところ、自分自身の力だ




 ジパングと呼ばれる地方の、山奥の小さな村。かなり奥まったところにあるせいで、周りの村との交流も殆ど無い、小さ村の、古びた社。その中に私は居た。
 ほとんど誰も立ち入らないおかげか、内装は見かけほど古さを感じさせない。適当に過ごすにあたっては、それほど不自由は無かった。

「お稲荷さま? 聞いてますか?」

 ちゃぶ台を挟んで向こう側、白と朱の巫女装束の少女が、私に問いかける。
 私は、ぼーっと外を見たまま答えた。

「ん、何さ? 始音」

 そんな私の態度がいかにもやる気なさげだったせいか、始音はぷいっとそっぽを向いてしまう。神が神なら、それに仕える巫女も巫女といったところか。
 そう。私はこの社に祀られる神なのだ。とは言っても、所詮ただの稲荷であって、この社が正式に祀っている神は他にいるが。
 それでも、私が神であることに偽りはない。少なくとも、この村の人間たちにとっては。
 ちなみに、この社に正式に祀っている神については私は何も知らない。興味などみじんも無かったからだ。

「ほらほら、ちゃんと聞いてあげるから話してごらん」

 そう言って、私は始音に向き直る。すると、始音は横目で私を見た。その目が、本当かと私に聞いている。
 それには答えずに、にやにやと始音を見ていたら、始音はやがて根負けしたかのようにため息を1つ吐き、肩をすくめた。
 
「おやおや。じゃあ私が、機嫌が直るまで昔話でもしてあげようか」

 相手の返事も待たず、私は話し始めた。
 私の知る、唯一の昔話を。




 あるところに、一匹の妖怪がいました。その妖怪は人を化かし、取って喰らうというので、人々に大変恐れられていました。
 あるときは腕に自信のある武士が、またあるときは名のある僧がその妖怪を退治しようとしましたが、それらはすべて失敗に終わり、彼らは命からがら、逃げ帰ってきました。
 そして、その妖怪の恐ろしさを人々に説いて回りました。人々はそれを聞いて、一層その妖怪に対する恐怖を募らせました。
 その妖怪の噂が、その国の主の耳に入ろうかというとき。ある1人の少年が、妖怪のすみかである森に迷い込みました。
 少年の生存は絶望的で、村の人間たちも妖怪を恐れて少年を探せません。探しに行けば、食われるのは自分かもしれないからです。
 ですが、少年は生きて帰ってきました。他ならぬ、妖怪の手によって。
 一説によれば、妖怪に遭った少年はこう言ったそうです。

「貴女が化け物なら、僕も化け物だ」

 お互いに、他者の死を糧に生きる者だと。
 その時、妖怪の心にどのような変化が起きたのか知る者はありません。本当に心と呼べるものがあったのかどうかすら、分かりません。
 ですが、確かに少年は帰って来たのでした。
 そして、それっきり妖怪は人を襲わなくなり、村には平和が訪れようとしました。
 しかし、それは適いませんでした。他ならぬ、人間の手によってそれは乱されました。
 その村を治める国の主が、その妖怪を討伐するために兵を出したのです。少年は、彼らにすがりついて頼みました。妖怪を殺さないでくれと。手を出さないで欲しいと。
 当然ながら、そんな訴えが聞きとどけられるはずもありませんでした。兵たちは妖怪を討つために森に入り、少年も彼らに付いて行って頼み続けました。
 兵たちは妖怪に戦いを挑みましたが、そこには死山血河が築かれただけで、妖怪を倒すことはできませんでした。
 そして、兵たちの亡骸の前に立つ、その少年を見た時、妖怪は一言だけ言ったそうです。

「あの時の言葉は、私の夢だったのか」

 少年はそれきり村には帰りませんでした。
 ですが、誰が伝えたのか、少年の最後の言葉が残されています。

「貴女は化け物では無かった。僕が、僕たちが――」




 話し終えた私は、ちゃぶ台に乗った湯呑を取って、口の中を潤す。
 先ほどまでは盛大に自己主張していた湯気も、今はすっかり勢いを無くしていた。

「………昔話というか……。その話の教訓というか、そういったものは?」

 それを聞いた私は、首を振って答える。長い間伸ばしっぱなしの金髪が、私の首の動きにつられてふるふる動く。

「無い」

「確かに、何か考えされられる所はある話でしたけど……」

 今の話は、人間と魔物の間にある壁を極端にしたものだ。人は得体が知れず、自分たちよりも強大な力を持つ魔物を忌み嫌うし、魔物は頻繁に差し向けられる刺客に辟易し、人を襲う。
 それのきっかけになるのは些細な誤解であったり、一方的な決め付けであったりする。ひどい時には全て計算ずくで、自らの利益のためであったりもする。しかし、大抵の場合どちらか一方に責があるのではなく、互
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