――届かない場所があると知った小鳥は、羽ばたかない?
――いや、彼らに届かない場所なんて無いんだよ
髪に土をまみれさせ、頬を泥で汚しながら、ランディは地面に尻もちをついて座り込んでいた。地面に突き立て杖代わりにした剣に体重を預け、肩で息をしており、相当消耗しているのが分かる。
それでも険しい光を放ち続けるその黒瞳は、森の奥を睨んでいた。身に纏う装束はよくある旅に適したマントや皮の軽鎧だが、そちらも焼け焦げや傷が目立つ。
「くそッ………!! アイツが居ないだけでこんなにも苦戦するなんて……」
彼の分身とも呼べる相棒が居なくなって、はや一日。まだたった一日と言われれば短いのかもしれないが、ランディにとってはもう限界だった。
旅の途中も、戦闘も、いだって一緒だった。自分が隙を見せれば、その細腕で杖を振るい背中を守ってくれる。そんな戦闘に慣れすぎたのかもしれない。振りかえればアイツが居て、目が合えば笑いかけてくれる。そんな日常に慣れすぎたのかもしれない。
故郷を出てから、2人揃ってさえいれば負け知らずだった。国の騎士団さえ退けた吸血鬼に打ち勝った事だってあるし、バフォメット率いる集団と一戦やらかし、相手を撤退まで追い込んだことだってある。
だが、このザマはなんだ。たかが数体の魔物に、やっとの辛勝。戦闘が終わった後も、しばらく動くことすらできないほど消耗してしまった。
「ザマぁねぇな……。だが、お前だけは絶対に助け出してやる。安心しろ」
そのための布石は昨日打った。教会の腰ぬけどもの力を借りるのは癪だが、アイツのためなら仕方がない。
それだけ言って、ランディは緩やかな動作で立ちあがった。支えにしていた剣を振り払い、なめらかに鞘におさめた。
「待ってろ……。絶対に助けてやるからな……」
そうつぶやきながら、ランディは森の中を進んでいった。
魔物によって攫われた相棒を助けるため、森の中にそびえるナンブ砦へ向かって。
ナンブ砦は現在、混乱のさなかにあった。
そろいの重鎧に身を包んだ教会の騎士と、種族も装備もばらばらな魔物たちが、入り乱れて乱戦を展開している。戦っている人間たちの中には、明らかに傭兵と思しき人物もおり、さながら攻城戦の様相を呈していた。
「進め! 我らには神の加護がある!!」
指揮官は無責任にも厳重に守られた最後尾でそう叫び、部下を戦地へ追いやる。その指揮官はまだ年若く、その采配を見ても経験不足感はいなめない。
「死ねッ!! 魔物め!!」
騎士たちは錬度の低い動きで手に持つ得物を振り回す。その磨きあげられた剣といい鎧といい、まだ一度も実戦を経ていないことは明らかだ。
「…………」
傭兵たちは無駄なことは喋らず、自分に向かってくる敵を確実に打倒し、背後にも気を配る。しかし所詮彼らは群体ではなく個人であり、その上数が少なかった。
「アリサ……ここにいるのか?」
アルはそう呟いて、向かってきた魔物を剣の一薙ぎで打ち飛ばした。その灰色の瞳に迷いは無く、隠された狂気の色がよぎるだけ。
そんな人間側の軍勢に対し、魔物側は少しだけ手を抜いていた。その気になれば全力を挙げて潰すことも可能だったが、彼女らは皆そのようなことは望まない。
目の前にこれだけの数の男が居るのだ。適当に弱らせて投降させるため、本来は他人の指示など聞かない彼女らも、ある策の実現に向けて驚異的なまでに統率のとれた動きをする。
懸命に戦線を支える振りをしながら、守るべき砦の内側へと少しずつ退いて行く。ただし建造物の中には入れずに、もともとは練兵場であったと思しき広場に誘い込む。
魔物たちの手際は鮮やかで、本当に支えきれなくなって少しずつ後退を繰り返しているように見えた。
そして、自軍が押していると知り、経験の浅い指揮官は調子に乗って指令を飛ばしまくり、人間たちはさらに砦の奥深くまで足を踏み入れる。この行為によって、彼女らの策は成った。
そうやって、人間たちが広場の中央に踏み込んだ瞬間。
「今だ!」
鋭い声が戦場を駆け巡り、それは完成された。
すなわち、開いていた砦の門が全て閉じたのだ。門だけではなく、砦への侵入に使用した、砦のあちこちにある小さな扉すら1つ残らず閉じ、施錠される。
乱戦状態を巧みに利用し、魔物とは思えないほどの連携を見せ、ナンブ砦は教会の軍勢を嵌めたのだ。それ自体は単純な策で、言わばネズミ捕りのようなものだが、ここは敵の巣窟だ。その事実が、この策をただの罠以上のものに変えてくれる。
退路を断たれた状態で、しかも四方を敵に囲まれている場合、全体としての脱出はもはや不可能と言っていい。戦闘に秀でた個人が武勇を振るって脱出を図ることは無理ではないが、それを全体で行うの
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