絶対の姫君

魔界の奥地、特に魔力の強い土地に広がる広大な森。
 そこはいつでも薄暗く、そのくせ不気味な光を纏うかのような、形も大きさも不揃いの木々が生い茂る森。
 それは、生あるものを拒絶するかのような閨と。見る者を惹きつける、妖しい光の同居する場所だった。
 ある者はそれを見て言うだろう。それは禁制の聖域だと。
 またある者は、こう言うだろう。それは人狩りの森だと。
 そして、だからこそ。
 そこは絶えず人の好奇心をかりたてつつ、手つかずの森として残るのだろうか。
 それとも。
 それを守る何者かが、人の支配を拒むのだろうか………




 昼間でも暗い森の中を、何やら言葉を交わしながら進む二つの人影があった。
 1人は、腰まで届く、暗い森の中でも妖しい艶を放つ黒髪を持つ女性。その漆黒の髪からは同色の耳が飛び出し、その者が人ならざる者であることを周りに伝えている。身に着けるのは黒い旅装で、その手足は獣のそれだ。腰には質素な剣を吊っている。
 もう1人は、灰色の髪を持つ年若い男。やや擦り切れた、頑丈でしなやかな生地で作られたコートを纏っている。特異な外見を持つわけでは無いが、何故が男の周りだけは風が澄んでいた。背中には大振りの剣を背負っている。
 そして、この2人が何の話をしているのかというと……

「だいたいな、君が魔界を見たいと言ったからこうしてここに来ているんだぞ?」

「いや、リィリの故郷が見てみたいな、と思って」

「私の故郷はあのピラミ……大きな建物だ! 砂漠にあった!」

「いや、でも人生経験だよ。魔界も見学しといた方が良いって」

「何が良いのかさっぱり分からん!」

 ずっとこんな調子で言い合っていた。誰もいない森の中なので、音量も全く自重しない。足場も頭上も悪い、入り組んだ森の中を苦も無くすいすい歩きながら、2人は口論を続ける。
 目の前に突き出た枝をくぐりつつ、リィリが、

「まったく……。そもそもここは触手の森と言ってだな………」

 それに対して、足元にぽっかりと口を開けた穴を飛び越えた男が、

「ふむ。なんだそれ?」

 すると、リィリは呆れた顔で男を見やる。もっとも、それは森の生み出す闇に飲まれて相手には届かなかったようだが。
 その暗闇の中、よそ見をした状態で、リィリは節くれだった根っこをまたぐ。

「そんなことも知らないで魔界に来たのか?」

 男は即座に答える。暗闇の中、連れのアヌビスが居るであろう方向を向いて、

「ああ」

 あまりにも簡潔な返事。リィリは連れの能天気さに頭痛を覚える。大きくため息をついて、毛に覆われた獣の手を額に当てた。肉球がぷにぷにと額に柔らかい感触を伝える。

「よく分かった……君は自殺志願者だったんだな……」

「む、心外だな。僕はこう見えても色々考えているぞ?」

 男が言葉とは裏腹に、薄く笑って言った。その顔のまま、とげの付いた植物に触れないようにすいすい避ける。

「ほう。例えば何についてだ?」

 リィリが聞き返すと、男は、

「リィリがなかなか素直にならないな、とか。僕にまだ一度も好きって言ってくれないな、とか。夜はおろか唇すら許してくれないな、とか。リィリが――」

「ちょっと待て!!」

 リィリが、放っておくといつまでも続きそうだった男の言葉を遮る。そのまま身をかがめ、丁度リィリの顔に当たるはずだった枝を回避した。
 よく見ると、リィリの頬はほんのりと赤く染まっているのだが、あいにくの暗闇で男にはそれが分からなかったようだ。今までと同じトーンで、ほら、考えてるだろ?と言った。

「はぁ………。ゼノン……君というヤツは……」

 リィリが先ほどよりも深いため息を吐いた。そして、顔をすっとずらして枝を避けた。しかし避けきれずに、ペシリと顔に当たって、

「イテ」





 森の中心部。禍々しい外見に反して、やわらかな日差しの差し込む、木々のまばらな場所。
 やがて濁流へと変わるせせらぎが木を避けるようにして流れ、その中を成長すれば人をも襲う凶暴な魚へと変わる稚魚たちが群れをなして泳ぐ。
 その広場だけは柔らかな芝生が地面を覆い、蝶も舞っている。まるで貴族の屋敷の中にある中庭のようだ。
 そして、この広場の主はその身を触手に預け、未だに深い眠りの中にあった。その白い四肢は、太い肉塊のような触手に幾重にも巻かれ、まるで空中に磔にされているようにも見える。
 その、人形のように整った顔は、本来ならば深く澄んだ湖のような青色の瞳を閉じ、静かな表情を浮かべている。呼吸のために微かに動く口元が見えなければ、まるで死んでいるようにも見える。
 しばらく、深い眠りに囚われ身動き一つしない少女と、それを抱いて同じく樹のように動かない触手は、完全に背景に同化していた。あまりにも日常
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