ざくざくと小気味のいい音を響かせながら、少年は雪道を歩いていた。
長すぎない長さに切られた黒髪に、自警団のマント。頭に積もる雪を、時折頭を振って落としている。
足場の悪さゆえか、それとも腰に提げた長剣の重さゆえか、かちゃかちゃと音を鳴らしつつもしっかりとした足取りで進み続ける。
それもそのはず、少年にとっては5年間も通り続けた道だ。もしかしたら目を瞑っていても目的地まで辿りつけるかもしれない。
少年は吐く息を凍らせながら人気のない道を歩き続けた。
すると、道の先には宿屋とおぼしき建物の影が見えてきた。しかし、相変わらず人の姿はない。
それでも少年は迷うことなくその建物に入って行った。
「いらっしゃい。って、なんだ。アルか」
暖炉の火がちらちらと燃える室内。アルと呼ばれた少年は玄関でブーツについた雪を落としながら答える。
「なんだはひどいな、おばさん」
カウンター奥の、この宿屋の女主人はかっかっか、と豪快に笑う。
恰幅のいい体にその笑い方はとても似合っている。
「あれにお見舞いかい?アンタも物好きだねぇ」
「幼馴染なんでね。それに警邏の通り道だし」
雪を落とし終わったアルは、カウンターの前まで歩いてきて言った。歩いてきたアルに女主人は熱いココアを2人分渡す。
警邏の通り道だから、なんていう理由はお見通しだろうが。
「警邏の通り道、ね」
そこで言葉を切った女主人の瞳に、悲しみのようなものがよぎる。
それを見たアルは目をそらして、階段を見つめる。
「ココアが冷めないうちに行くよ」
アルはそう言い残し、ココアがこぼれない程度に早足で歩いて行った。足音はすぐに階段を上る音へと変わる。
「アル、判っているんだろ………」
女主人のつぶやきは、誰の耳にも入ることはなかった。
小さなランプ1つ分の明かりしかない部屋の中で、その少女は万華鏡をのぞいていた。
ベッドから上半身だけ起こし、真っ白な髪の毛を揺らしながら覗き込んだ筒をくるくる回す。
その肌の色は、病的なまでに真っ白だった。
――かちゃり
ドアの開いた音に、少女は万華鏡を回す手を止めた。同時に、首だけをドアに向ける。
「アル……」
アルは無言でドアを閉める。そのままつかつかとベッドの傍らまで歩み寄り、近くのテーブルに2つのティーカップを置いた。その中身が熱を持っていることを知らせるように、真っ白な湯気があがる。
「アル……無理して来なくてもいいのですよ。私なら平気です」
少女は無言で自分を見つめるアルに視線を合わせて言う。落ち着いた、外に降るやわらかい雪のような声だった。
「………平気なもんか」
アルは憮然として言い返す。
少女には、そんな真剣な顔をするアルが少し可笑しく感じた。つい、口元がほころんでしまう。
それに気がついたアルが困惑の表情を浮かべる。
「お、おい、アリサ……」
「ごめんなさい、アル。でも、私は本当に大丈夫です。……アルがくれた万華鏡だってあるのです」
アリサは手元の万華鏡をギュッと握った。寝たきりの生活になって、アルが最初に買ってくれた万華鏡。
そんなアリサを見ると、いつもアルは何も言えなくなってしまう。
しかし、アリサの病気のことを知っているアルは、何かをせずにはいられないのだ。
「そ、そうだ、アリサ。これ………」
アルはそう言って、ずっと左手に持っていた何かをココアのカップの横に置いた。
「うわぁ……かわいいお花ですね……。このお花、どうしたのですか?」
アルがカップの横に置いたのは、黄色い花が植えられた鉢だった。アリサは目を細めてその花を見る。
病気のせいで外に出られないアリサは、こういった「外の世界」を感じさせるものが好きだった。
アリサが気にいってくれたのがわかって、アルもうれしくなる。
「この前、給料が出たんだ。それで買った」
しかし、アリサの笑みはアルの言葉でしぼんでしまう。無意識のうちに、手元の万華鏡をいじりだす。
「私のために、アルのお給料を使うなんて……。そんなのはダメです。それはアルが働いてもらったお金なのです」
声のトーンも先ほどより落ちている。万華鏡を渡した時もそうだった、とアルは今更ながらに思い出す。
「いいんだ、これは俺がしたくてやってることなんだから。
それに、これはただの花じゃないぞ。こいつの根っこを煎じて飲めば大抵の病気は治る、貴重な薬草なんだ」
根っこを煎じて飲む、という言葉に、アリサは痛みを感じた。体ではなく、心に。しかし、それを顔に出しはしない。
その代わり、再びぎゅっと万華鏡を握りしめる。
そんなアリサの様子に、アルが声をかけてくる。
「アリサ………。俺は君に死んで
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