――二兎を追うものは二兎を得ず
――でも。追わなきゃ二兎は手に入らない
森に鳴り響く剣戟の音。それを鳴らすは、一振りの巨大な剣と、その他の数限り無き剣。
アルは、左から突き出される曲刀を身をかがめて躱す。そのまま体重移動を利用して、自らよりも重い剣を振りぬいた。
振りまわされた剣の刃ではなく、峰にぶち当たった相手――リザードマンは、そのまま森の梢に消えてゆく。とても片手で振ったとは思えない威力だ。
相手は鎧を着こんでいたが、アルが与えたのは斬撃ではなく、打撃。鎧を着ていれば死ぬことはないだろうが、斬撃と違ってしばらく動けないくらいのダメージは入る。
それを裏付けるように、すでに少し離れた場所では、気絶したリザードマンと、その武器が転がっている。持ち主を失った剣たちは、恨めしそうにその刀身に光を纏わせていた。
しかし、今のアルに退場した者の行方を確かめる余裕などない。それが敵ならばなおさらだ。
前方から打ち下ろされる剣を、アルは右に一歩ずれて避ける。それと同時に後ろからすくい上げるように振るわれた剣も避ける。
「――ッ!」
前方の敵を剣の峰で。背後の敵を裏拳で。それぞれ打つ。重たい剣の峰と、鉄が仕込まれたガントレットでの一撃。トリッキーなその攻撃に、敵は咄嗟に反応できなかった。
アルは、その感触を味わう頃には体を捌き、敵の攻撃を回避する。読み通り、一瞬前までアルが居た場所を槍が薙ぎ、魔法によって顕現した光の矢が突き刺さる。
それに恐れも抱かず、アルは剣を振るう。その度、敵が戦闘不能になってゆく。
「全軍撤退!一度後ろに退き、私の指示を待て!!」
アルが打ち倒した敵の数が20を数えた時、そんな声が森に響く。声からして女性だろう。
同時に、アルを取り囲んでいた敵兵たちが、統率の取れた動きで後ろに下がる。動けなくなった者も回収し、瞬く間に辺りにはアルだけになった。
しかし、それとは逆にアルの前に進み出てきた人影があった。全身を金属製の鎧で覆い、顔すらも鋼色の兜で覆った騎士。先ほどの声の主だろう。
「………指揮官自ら戦場へ……か」
「これ以上、部下に犠牲が出るのは好ましくないのでな」
短い言葉のやり取り。
お互いに相手の実力はわかっているのだろう。アルも大剣を背中に乗せるような独特のポーズで構え、それに対する女騎士も腰の剣を抜いて正眼に構える。
膠着は一瞬、隙を探り合う無意味さを端から知っているものの動きで、2人は飛び出す。
消えたような速度で動く女騎士に対し、アルは飛び出した速度のまま体を捻る。その交錯点で一瞬煌めいた銀光が互いにぶつかり、火花を散らした。
しかし、2人はそこで動きを止めない。二度、三度と剣をぶつけ合い、四度目剣を交わした瞬間、互いにバックステップで距離を取った。
敵との間に距離を開け、再び奇妙な構えを取るアルは、相手に話しかける。
「アンタ、いい指揮官だな」
それに対し、細身の剣を片手で構える女騎士も、兜の奥からくぐもった声で返す。その声に怯えや恐怖は全く無く、あくまで平坦な声音だった。
「ふっ、褒めても何も出んぞ?」
それは、戦場で交わされるべき会話ではなかった。だが、その話し手たちはまるで道で会った友人と話すような気軽さで言葉を紡ぐ。
「剣の方も大した腕だ。俺は、出来ればアンタを殺したくないね」
「奇遇だな、私もだ。出来ればお前のような腕の立つ男は殺したくない」
今会ったばかりの、しかも敵味方に分かれた2人を結び付けるのは、剣の腕。それひとつだった。
まるで旧知の間柄のような会話も、その絆と呼べるのかすらあやしい共通点によってのみ語られる。
だが、それで十分。
「でも、俺たちはぶつかる」
「なぜなら我々には、守りたいものがあるから――」
2人の剣士は、同じ想いで戦場に臨む。
守りたいものを守る、ただその一心で。
「………フッ、守るために戦う。おかしな話だ」
「……全くだ。だが――」
互いにとっくに気が付いている。これは、自らの全てを賭けた、信念の戦い――
「アンタ(お前)も、俺(私)と同じ。だから――」
――衝突する。
広がるは蒼穹の空。行く手を阻むような雲も、抵抗の強い逆風もない。
そんな空を切り裂くように飛ぶ、3つの影があった。
「………イリアさん」
最後尾を飛ぶ、純白のワンピースを纏ったアリサが口を開く。漆黒の翼が彼女のワンピースの大きく開いた背中部分から飛び出し、白い肌とのコントラストを生みながら空気を叩く。
本来なら、声など届かないような速度で飛んでいるのだが、その声は問題なくイリアの耳に届いた。
「…なぁに?アリサちゃん」
ナターシアの住む山からしばらく飛んできた。
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