赤や黒、それらに混じって透き通るような白い石がランダム敷かれた通路には、馬車が余裕をもってすれ違えるほどの広さがある。
石畳というにはとても平坦に並べられたその石の道は、作った者たちの技術力の高さを誇るかのようだ。
ここは街の入口からほど近い、この街のメインストリート、第一通り。それを裏付けるように、腰に剣を帯び商品を手に取る傭兵や、大きな荷物を脇に下ろし熱心に客引きをする商人、物珍しそうに露天と露天の間を縫って歩く街の住人の姿がある。
そんな活気と喧噪にまみれた歓楽街を、その人物は歩いていた。勝気な黄金の瞳と、同色のくせのない長い髪。そして、その小さな体を包むのは、このあたりでは珍しいえんじ色の着物だ。その着物も彼女の体に対して大きめで、まるで着崩しているようにも見える。妖狐と呼ばれる種族は全体的にすらりとした体を持っているものだが、彼女はその例に漏れるようだ。
しかし、彼女の最大の特徴はそこではない。
その白い面の半分を覆う狐を模った面と、紐で首に提げられた、まるで鬼のような形相をした般若面である。そのせいで外から覗けるのは顔の左半分だけだ。
彼女につれあいは無く、ホクホク顔で口の横にソースをつけながら何かの肉を串に刺して焼いたものを食べている。その串も左手で持っており、狐面にはソースをつけないように配慮しているようだ。
着物の裾をはためかせて進む彼女には、常にあちこちの商人から声がかけられる。
「シオンさん!あんたジパングの出だろう?いいもん入ったんだ、見ていかないかい?」
「シオンさーん、この前頼まれてたアレ、手に入ったよー!」
「始音さん、サービスしますよ、寄っていってください」
その声に、シオンと呼ばれた彼女は片手に肉を持ったままふらふらと露天に近づいて行く。上半身がゆらりと揺れるたび、首にかけた般若面もからから揺れる。
人と人の間をすり抜け、金の髪を煌めかせながらふらふらとする姿は、どことなく危なっかしい子供を彷彿とさせた。
彼女がふらふらと向かったのは、まだ少年のようにも見える若い男の商人の元だった。
「ほら、これ。何て名前だっけ……。とりあえず手に入ったよ」
そう言って、商人は近寄ってきたシオンに陶器の徳利を渡す。
シオンは徳利のくびれに巻かれた縄を掴み、その徳利を腰の帯に挿みこんだ。そのとき、陶器の中身が揺れ、とぷんと音を鳴らす。
この近隣では手に入れることも難しいこの酒を調達する手腕は、その若さに見合わず既に一流のようだ。
「相変わらず見事よぉ。わっちではどうやってもこん酒を見つけられんかったに」
どことなく独特の語感を漂わせながら、シオンは商人を褒める。その称賛の言葉と共に、精いっぱい背伸びをし、商人の頭をなでた。着物の袖がめくれ、細く白い手が肘まで露わになる。
まるで兄と妹のように身長差がある2人だが、生きてきた歳月では圧倒的にシオンが上なのだ
「この街は楽園よな。おかげでわっちも遊び歩いておれるし、よぅも商売に精出せる」
シオンは商人に声をかける。よぅ、というのは話し相手の商人のことだろうか。
その言葉に、若い男の商人ははにかんで答える。短く刈った茶色い髪が、陽光を反射した。
「それはシオンさんのおかげだろ」
その商人の言葉に、シオンは目を細める。
「……わっちには力しかない。でも、それで何かが守れればそれでいいんよ」
繋がっていないように聞こえるシオンの答えだが、しかしそれはこの街の住人なら誰でも違和感なく聞き取れる。
“力”でこの街を作った9人。眼の前の少女は、恐るべき力を持った魔物なのだ。一見奔放に見える彼女だが、それは人間では知り得ない何かを知った為の奔放さなのだろう。
彼女だけではなく、他の8人も方向こそ違えどどこか浮世離れしているというか、達観している節がある。
「僕も、シオンさんのおかげでなんとか商売をやっていけるよ。シオンさんの御用達ってことでお客もいっぱい来るし」
そう言って笑う商人だが、彼が裏でいろいろ苦労していることも知っているシオンは素直に笑えない。
お客が増えるということは、それだけ処理すべき仕事も増すということだ。それは、まだ年若いこの商人には重荷だろう。
本人は気が付いていないかもしれないが、その疲れは確実にひとを蝕む。
「まぁ、そうよな。よぅも無理はせんほうがいいやぁ」
そう言って、ほれ、と商人の口に左手の串を突っ込む。肉を無理やり口に押し込まれた商人は、もぐもぐとそれを咀嚼した。
彼がその肉を食べ終わったのを見計らって、シオンは大粒の赤い宝石を彼の手に握らせた。それの大きさにひるんだ手を、小さな手でぎゅっと握りこませる。
「よぅ、死ぬなよ。また生きて、この街に来るんよ」
な
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