剣錬のリザードマン


「ふぅ、なんとか仕上がったか………」

 キリエは刃に砥石を走らせる手を止め、今まで磨いていた刃にきれいな水をかける。その水に、刃の表面を曇らせていた微細な金属粉や油が浮かび上がり、洗い流してゆく。
 その柄を掴み、片手で持ち上げる。キリエはどちらかと言えば細身で、力などありそうもない腕だが、彼女は人間ではない。剣の技に生きるリザードマンだ。それくらいの芸当は朝飯前なのだ。
 キリエの腕に握られた大振りな両刃剣は、決して広くない彼女の工房内で縦横無尽に振られる。1人稽古の型にも似た、仮想の敵を相手に切り結ぶような剣戟を数回繰り出した彼女は、剣を体の正面でぴたりと止める。
 剣先すら一切揺らがない完全な静止。空気が凪いだような静寂は一瞬、呼吸すら止めていた彼女は再び動き出し、剣を地面に着けることなく壁に立てかけてあった鞘に納める。
 一連の動作は、まるで手になじんだ剣を扱うかのような、手足の延長線上の動きだった。が、今彼女に振るわれた剣は、彼女の持ち物ではない。
 アトリエ“鉄”。この町にある最高の刀剣工房だ。キリエは自らの開いたアトリエで剣を鍛える、異色のリザードマンだった。
 キリエは幼いころから剣の技には興味を示さず、剣自体の製造に興味を示した。それゆえ里に居づらくなり、里を出たのが10年前。放浪中も鍛冶の技を磨き、この街にたどり着いたのが5年前。
 この街の性質上、腕の立つものが良く集まる。そして、それに見合った武器も。
 最初は打算で移り住んだこの町だが、今では心からこの町を愛している。

「後は……アルクゥの大鎌、か」

 キリエは今まで手入れを施していた両手剣を“お持ち帰り”と書かれた棚に入れると、新たに“手入れ待ち”と書かれた箱にひとつだけ入っていた大鎌を手に取る。派手すぎない装飾の施された大鎌は、刃の部分が見るも無残に錆ついている。
 その錆に、これをアトリエに持ってきたバフォメットのアルクゥの顔を思い出して、キリエは薄く笑った。

『ワシの鎌が、ちょっと見ぬ間に錆ついてしまったのじゃ!』

 その時のアルクゥの泣きだす寸前の顔と共に、その声が頭の中でリフレインする。しきりに、落ちるかのう?と繰り返すアルクゥを、なだめすかして家に帰したのが昨日の午後。
 明後日取りに来い、と追い返したため、今日中には仕上げなければならない。
 が、彼女の大鎌の錆もただ事ではない。元は切れ味鋭く陽光を反射していたであろう白刃も、すっかり赤褐色に染まっている。
 それを手にとって丹念に状態を確認していくキリエの顔が、徐々に険しくなっていく。

「こっちの痕は……魔力通過痕か……。だから刃物を触媒に使うなとあれほど……」

 錆の下にも問題が山積みであることがわかってしまったキリエは、げんなりした顔で本来手入れには使わない炉を見やる。長年の使用ですっかり煤まみれになったその炉は、いつでも火が入る状態にしてある。
 周りに置かれた道具類も整然と整理されており、いつでも主の命に答えることができる。
 燃料を入れて火種をくべれば、後は自分のふいご加減次第で剣を生まれ変わらせる焔が上がることだろう。

「………しょうがない。他ならぬアイツのためだ」

 アルクゥはこの街の最古参のメンバーで、街の完成のために挙げた功績は枚挙に暇がない。そもそも、街の創始者である最古参メンバー9人は、半ば生きる伝説と化している。彼女らは未だ存命であり、リィリのように隠居している人物もいるにはいるが、そのほとんどが一市民としてこの街で暮らしている。
 自らが成し遂げた偉業を誇るでもなく、なんの特権も要求することなくただの市民として暮らしているのだ。彼女らのその生きざまは、そのままこの街全体の空気を形作っている。
 その内の一人が、自分のアトリエを頼ってくれるのだ。そこに誇りを感じればこそ、面倒だなどと言ってはいけない。そう自らを納得させ、キリエは打ち直しを決意し、工具を取りにアトリエの奥へ向かった。




 キリエの目の前には、ごうごうと音を立てて燃え盛る炎がある。火処の中に押し込められたその焔は、そのエネルギーを向ける先を求め荒れ狂い、瞬く間にアルクゥの大鎌を熱していく。鎌の刀身が紅に染まるのに、大した時間はかからなかった。
 それでもキリエはふいごを動かす手を休めない。もっと熱く、熱く。細かく砕いた木炭を足し、さらに温度を上げていく。焔はその木炭を貪欲に飲み込み、勢いを増す。
 対してキリエは、ふいごを動かす腕にも、そのややつんとした顔の額にも、すでに玉のような汗が浮いている。
 そして、ついに大鎌の温度がキリエの目標値に達した。熱された大鎌の柄には麻のロープが巻かれており、キリエはそこを掴んで大鎌を灼熱の炉から引っ張り出す。真っ赤に焼けた刃ががつりと金
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