その日のラピリスは酷く不機嫌であった。
理由など言うに及ばず、反魔物派の活動の為だった。
だが、彼女は自分が好き勝手にやった結果として、大切な部下や弟子を失う事になったと、そう戒めてもいる。
昔の彼女ならそんな事は考えすらしなかっただろう、部下だろうがなんだろうが、自分の目的のためには嬉々として切り捨ててきたのだから。
しかし、少なくとも今の彼女は違った。
徐々に魔物や人間に対して抱く信愛や情愛が大きくなっていく、殺したい程毛嫌いしていた人間に…人間の男に心を惹かれそうになる。
そんな心境の変化を彼女自身も感じていた。
だが、それでも最古参の実力者として、今までの姿勢を簡単に崩す事はできなかった。
だから彼女は少なくとも表面上は今まで通り振舞っていた。
人間を嫌い、徹底排除を唱えた。
後継育成に力を入れ、部下や弟子に厳しい教育をした。
結果、魔王軍部隊長の中にあって人にも魔物にも厳しい、近寄り難い存在となってしまっていた。
他の魔王軍部隊長達が親魔物派の人間と更に友好を深めていこうとする中では、著しく浮いてしまっていたのだが、ラピリスはそれでも構わないと思っていたようだ。
「らぴりすさまぁ?」
不機嫌な溜息を付く吸血鬼に、側にいたグールが1人、静かに声をかけた。
ラピリスは気を取り直す、今は余計な物思いに耽っていて好機を逃す訳にはいかなかった。
(…今は……)
ラピリスは街の中の魔力を探知する。
ルストリやリィン、他の部下達の魔力を感じる。
全員が健在なのが分かったが、どこか妙だった。
(ルストリの魔力の放出量がおかしい……訓練の時に魔術を見たが、こんなに一気に無くなったりはしなかった…)
ルストリの魔力の減りが早い、早すぎる。
ラピリスは知らなかった。
ルストリは確かに魔女として魔術の扱いに長けていたが、高等魔術…それも属性複合魔術が大の苦手だった事を…
彼女は単一属性魔術以外の魔術を行使すると、魔力を制御できずに一気に失ってしまう。
ラピリスはルストリのそういった事情を知らなかったが、それでも部下の様子がおかしい事には気付けた。
だが、だからといって何も考えずに救出に向かってしまうほどの思慮の浅い魔物でもなかった。
落ち着いて仲間以外の気配を探る。
(……敵はリィンの分隊に引き付けられている……これなら敵の本隊を潰せるはず)
しかし、分隊を救出に行けるかどうかは敵の本隊を撃破するまでの時間によるとしか言いようが無く、とても微妙なところであった。
やがて、ラピリスが感知したルストリの魔力が、突然途絶えた。
すなわち…死んだか、魔力切れで倒れたかである。
(救援しなければ不味いな…)
いずれにしても、これ以上放置すれば分隊が壊滅し、作戦遂行に影響がでてしまう。
敵を撃破するだけなら、分隊が全滅しても遂行可能であろう、だが少なくともこの任務は敵を追い散らす事が目的では無い。
敵部隊を壊滅させ、更には1人の逃亡者も出さないようにしなければならないのだ。
それに加え、可能な限り捕縛しなければならない。
そんな事を次々と考え、ラピリスは頭を抱えた。
(…何て事だ……)
ラピリスにとっても実に頭の痛いことであった。
かつての…単純な闘争本能に任せた殺戮であればどんなに楽だったか…そう思わずにはいられなかった。
だが、同時に仲間や人間を無闇に殺傷するのは心の奥で抵抗を感じてもいた。
それは無意識によるものだったかもしれないが、間違いない事実でもあった。
(いずれにしても、こうなったら今突入するしかあるまい……)
予定よりもだいぶ早い上に、分隊が敵の部隊を引き付けきっていない……
とはいえ、これ以上のタイミングというのは存在しない。
これ以上時間をかければ状況は悪くなっても良くはならない。
ラピリスはそう考えをまとめ、待機していた部下に手で合図を送り、自分は外壁の前に立つ。
背後では他の魔物達が動き出す気配がする。
そして、部下達が突入位置についた所で、ラピリスは腰に下げた愛刀に手をかける。
妖刀と呼ばれ恐れられた刀は、彼女の細くしなやかな手に良く馴染んでいた。
それは幾多の返り血を吸い、魔力を帯びた刀。
その異質な業物は軟は宙に舞う紙から、硬は鎮座する岩石まで、さも豆腐を斬るかのように切断する事が出来る。
ラピリスはそれでもって外壁を切り崩そうとしているのだった。
「妾が突入口を開いたら、一斉に突入……敵の本隊を潰せ」
「!」
ラピリスの静かな号令に、部下達は何も言わずに手を振り上げた。
大声を出す訳にはいかないからだ。
「教会騎士団、侵攻部隊迎撃作戦を開始するっ!」
ラピリスはそう言いながら、刀を抜いた。
初撃は居合いで、それからは抜き身の刀を六度振り回した。
刹那の斬撃の後、
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